寮に戻るなり、加奈は待ってましたと言わんばかりに結衣に駆け寄る。
「ひひひ、どうでしたか? イケメン君との逢瀬は?」
「ああ、もうね、いろいろ大変だった」
「ほうほう、お姉さんに言ってみ」
「告白された。わりと本気で」
「キター! やっぱりか!? だよね~、手紙の雰囲気から好意が溢れてたもんね」
 テンション高くニヤニヤする加奈とは対照的に結衣は微妙な顔をする。
「結衣も好きだし両思いじゃん。カップル成立?」
「断ったよ。前にも言ったけど、加害者と被害者の関係で付き合うとかないから」
「えっ、なんで? 勿体無い。被害者とか加害者と言えど男と女でしょ? 恋してもおかしくないよ?」
「麻友さんの気持ちを考えたら、そんな簡単に結論出せない。言ってることは理解できるけど、事情が事情だけに普通の恋愛みたいにはいかないよ」
「麻友ちゃんの気持ち、か。そう考えると複雑か」
「でも、終わった訳じゃないの。問題はここからで、これから毎月一回会いに来てその度に口説くって宣言されたの。私、拒み続ける自信無い」
「うん、それを世間ではノロケと言います。もう勝手にしろ、色ボケ女」
「いやいや、相談に乗ってくれるんじゃないの?」
「相談? 何言ってんの? アンタらが付き合い出すのは時間の問題だって。相談に乗る必要もない」
「時間の問題って、そんな大雑把な……」
「じゃあさ、今度会ったとき、二度と面会に来ないで下さいって言える? 言えないよね?」
「それは言えない。彼は被害者であり私に会って文句を言う権利があるから」
「じゃあ、口説かないって条件でなら会うって言える?」
 加奈の言葉を聞いて結衣は回答に詰まる。
「即答できなかった時点で決まりだって。アンタ達はいつか必ず付き合う。賭けてもいい」
(確かにそうだ。反発しながらも、口説いてくれることが嬉しかったし、また会いたいって思ってる。時間の問題、加奈の言う通りだ……)
 本心を見事に当てられ結衣は溜め息をつく。
「加奈には叶わないね」
「やっと白状したね。早く素直になるか、じらすか、後はその駆け引きを楽しむくらいよ。ま、あまりじらしてると他の女に行っちゃう可能性もあるからほどほどに」
「分かりました。先生、ありがとうございました」
「うむ、今度チョコを奢って貰うことで手を打とう」
(加奈が居てくれて本当に良かった。手紙の件も含めいつも背中を押してくれる)
 胸を張って冗談まじり言う加奈を、結衣は少し誇らしげに感じていた。


 一ヵ月後、宣言通り面会に着た慎吾と向かい合う。今日は前回のようなスーツ姿ではなくジーンズにシャツとラフな格好でいる。
「こんにちは、お変わりなさそうで安心しました」
「こんにちは、慎吾さんの方こそコンビニ弁当ばかりで心配してます」
「誰かさんが出所したら手料理をねだってみますよ」
(初っ端から口説いてきたし、どうしようかしら……)
 加奈からのアドバイスだと、会話の流れで自然にOKすればいいと言われていたが、開始十秒では流石にOKは出せない。
「ねだるねだらないは措いといて、慎吾さん自炊した方がいい。今のままじゃ身体壊しかねない」
「うん、一応サプリメントで栄養補助はしてるけど、流石に限界あるよね。結衣さんの出所まで待てないよ」
「さっきから私が手料理すること前提に進めてますけど、私、付き合うとか一度も言ってませんからね?」
「大丈夫、後二年あれば口説く自信あるから」
「二年って、ああ、そうだ。知ってるかもしれないことだけど、懲役は六年だけど所内の態度や評価、勾留期間や裁判中の日数も考慮されて、実際には五年くらいで仮釈放になると思う」
「えっ、そうなんだ。知らなかった。じゃあだいたいいつ頃に出所?」
「受刑者には通知されないシステムなんだけど、通例だと刑期の四分の三だから多分一年後くらいだと思う。身元引受人の有無とかがあって正確には分からないけど。身元引受人が居て、しっかりした引受け先があると判断されたら仮釈放も早くなるわ」
「身元引受人か。でも、結衣さん、天涯孤独って言ってたよね? その場合どうするの?」
「保護会って施設があって、そこで半年間は仕事を捜したり寝泊りさせてくれる。その間に働いてお金貯めて家も借りないといけない」
「半年でどうもならなかったら?」
「考えたくない未来が待ってると思う」
 苦笑いする結衣とは対照的に慎吾は厳しい顔をする。
「自分で蒔いた種だから、その辺の覚悟はできてるわ」
 結衣が語り掛けるも慎吾腕組みをして考え込んでいる。
(何真剣に考えてるんだろう?)
 見つめているとおもむろに口を開く。
「身元引受人って僕でもなれるの?」
「えっ?」
「僕がなれば問題ないでしょ?」
「いや、それは無理。基本親族や友人でも可能だけど、被害者加害者の関係は拒否されるわ。当然だけど」
「そうか、ホント刑務所ってルールあり過ぎる。思い通りにいかないな~」
 腕組みをし首を傾げながら溜め息をつく様子が素朴で、結衣の顔には笑みが零れる。
(ホントに優しくていい人。しかも、身元引受けまで考えてくれるなんて……)
「保護会からのOKが出て、仮釈放が決まったら連絡するから、待ってて」
 結衣のこのセリフに慎吾はハッとして結衣を凝視する。
「えっ? 今、何て?」
「えっ、私、何か変なこと言いました?」
「いや、だって、仮釈放の連絡するってつまり、僕に迎えに来てってことでしょ?」
(しまった! 慎吾さんの雰囲気に呑まれてつい本音が出てしまった!)
「えっと、それって付き合うのOKってこと?」
「いえ、その、違うの。出所したらちゃんと面と向って謝りたいのよ」
「面と向ってって、もう今十分面と向ってるし、前回嫌ってほど謝られたからいいよ」
「で、でも、ホラ、そこはケジメと言うかルールと言うか。やっぱり出所して一番最初にすべきことは被害者への謝罪だと私は思うの」
 あたふたしなが取り繕う結衣を見て慎吾は吹き出す。
「な、なんで笑うの?」
「いや、別に。うん、分かった。じゃあそういうことにしとくよ。出所の日、必ず迎えに行くから目の前で謝って」
「わ、分かりました……」
 顔を赤らめながら承諾する結衣を見て慎吾はまた噴き出して笑う。
(くっ、この態度、絶対私の想いを悟られてる。それを下手に隠したことを笑ってるんだ。恥ずかしい……)
「そっかあ、来年の春か。きっと綺麗な桜が見られるよ。二人でね」
(返す言葉が見つからない……)
 黙っていると慎吾が仕切り板に顔を近づけてくる。
「こんなに近いのに、触れることができないなんて、残酷だよね」
「安易に触れられたら刑務所の存在意義に関わるわ」
「それは分かってるんだけどね。こうやって手を伸ばせば届く距離に愛しい人がいるのに、抱きしめることもできないなんて、ちょっと寂しいよ」
(それは、私も思う……)
 視線を逸らし困っていると慎吾が微笑む。
「結衣さん、ずっと待ってるから。安心して刑期を終えてね」
(この笑顔とこのセリフ、やっぱり知られてる。観念するしかないか……)
 目を閉じ溜め息をつくと覚悟を決めて口を開く。
「分かった。待ってて」
 結衣の返事を聞くなり慎吾は嬉しそうにガッツポーズをする。子供のように喜ぶ姿を見て結衣は苦笑する。
「そんなに喜ぶこと?」
「当たり前だよ。好きな相手と付き合えるんだからね」
(なんか初めて好きって言われた。言葉にされると結構な破壊力あるな……)
「好きって言うけど、私のどこに惚れたの? 年上だし、いつもすっぴんで色気もないでしょ?」
「一番は人柄かな。手紙のやり取りから結衣さんの優しい人柄が伝わってきた。いつも僕を心配してくれて励ましてくれた。例えそれが謝罪の気持ちからきていることだったとしても、僕は嬉しかった。最初は恨む気持ちばかりだったけど、今は大事に想う気持ちでいっぱいだ。結衣さんこそ、なんでOK?」
「私も手紙から受けた人柄かな。手紙ってその人の人柄が凄く出るから、慎吾さんの私を想う気持ちも伝わってた。そして、実際にこうやって会ってみて、言葉を貰ったときには気持ちは決まってたと思う。贖罪の気持ちがあったから前回は拒んだけど」
「じゃあ、もしかして、年上好きの話って嘘?」
「普通に若いイケメン好きです。ごめんなさい」
「僕はイケメンじゃないでしょ?」
「いやいや、十分イケメンだから」
「じゃあ僕のこと好き?」
(ストレートに聞かれると……、でも、正直好きと言いたいし。ええい、もうままよ!)
「好き、です。はい」
「ありがとう。僕も結衣が好き。あっ、呼び捨てはダメ?」
「いいえ、嬉しいわ」
「僕のことも呼び捨てでいいから」
「うん、じゃあ慎吾君って呼んでいい? 君づけの方がキュンキュンできそうだから」
「分かった、いいよ。今日から結衣と慎吾君で行こう」
「はい、慎吾君」
 笑顔で返事すると互いに仕切り板近くまで寄る。
「この板、邪魔だね」
「同感」
「映画やドラマならハグのタイミングなのにな」
「それも同感」
「早く出所することを切望してるよ、結衣」
「うん、出たら直ぐに抱きしめて欲しい」
「あれ? 出所したら一番最初にすべきことは被害者への謝罪、とか誰かさんが言ってたような?」
(うっ、またやってしまった。つい本音が……)
「冗談だよ。気持ちは同じだし、出てきたらすぐに抱きしめる。約束するよ」
 優しい笑顔で見つめられ、結衣は頬を赤くし照れながらも嬉しそうに頷く。背後で見ている刑務官は二人のラブラブモードを唖然とした表情で見つめていた。