「どうしてお前、自分のものにしないんだよ。どうして…」

達夜…。
絞るようにつぶやく。
水織に魅かれ続けて半年あまり。
もう限界だったのだろう。

「手を引こうと、思ってるんだ。でも…」
ぐっと、拳を握る達夜。
痛々しい。
この強い男の、こんな姿を、見たことがあっただろうか。

「もう、駄目なのか?」
オレは、グラスに残った酒を飲み干して、達夜をじっと見た。
これが、最後になるかもしれない。

2人で「抜け駆けはなしだ」なんて関係を、築くつもりはない。
1人の女を取り合う男として、これから新しい関係になるかもしれないんだ。

沈黙…。
達夜は俯いて、黙ったままだった。
表情は見えない。

オレは、大きく溜息をついた。
「いいよ。好きなら…仕方ない」
好きになるなと言っても、もう無理だろう。

「そんな事、言うな」

いきなり立ち上がった達夜が、オレに殴りかかってきた。

喧嘩慣れしてる拳だ…当たったら痛そう。
とりあえず避ける。

「どうしてお前…お前なんだよっ!」

1発目は避けたものの、すぐにきた2発めは、受け止めた。
痛ってえ…。
手のひらが痺れた。本気か…達夜?

「相手になるよ」
今まで一度も争った事のない達夜と、拳を交える事になるなんて…。
考えもしなかった。というよりも、考えたくなかった。

達夜は、2発目を受け止められ、そのままオレの瞳をじっと見つめていた。

「好きなんだよっ、あの子が!」
痛かった。
心が。

叩きつけるように言った言葉が。
不安と激情の入り混じった眼差しが。

「…オレは…」

かすれた声で、オレは言う。

「お前を止めたいよ…水織を誰にも渡したくない。そのために…お前を傷つけても…」
左手にまだあった、グラスを思い切り握る。

ガシャン
ポタリ

割れた破片が、掌に突き刺さり、血がしたたり落ちた。