「お兄ちゃん?」

振り返ると、杏奈がいた。
制服で、何人かの友達も一緒なようだ。
部活でもしていたのだろうか。

先月の一件以来、家でも、お互いやや避けるようにしているので、まともに見るのも久々な気がする。
避けるとはいえ…一般の兄弟はこのくらいが普通なんじゃ、というランクに落ち着いただけな気がするが…。

「帰りか?」
「うん、お兄ちゃんは…」
杏奈はにこっと笑ってオレを見たのだが、その表情が、瞬時に曇った。

オレの後ろに、水織の姿を見つけたのだろう。

「オレは仕事。もう帰るとこだけどな」
面倒にならないうちに、引き上げたほうがよさそうだ。
「ふぅん…」
水織を呼びに行こうとして、振り返った…のだが。

肩あたりの服を思い切りぐいっと引っ張られて、バランスを崩した。

その瞬間。

松岡影伊、一生の不覚。

ほんの一瞬。
周りには気付かれないほんの刹那。
杏奈の唇が…オレの唇に触れた…。