愛しくて壊しそう

事務所の前に車を停め、隣を見る。
…起きない。

揺り起こそうと思ったのだけど…伸ばした手に、長い髪が触れて…。
そのまま、軽く髪に唇を寄せた。

喉の奥がしなうような感覚。
愛しいと…と。オレの体の全部が言ってる。


「水織、着いたぜ」
「…ん。松岡ぁ…あ、ごめんっ」
びくっと体を起こして、水織はオレを見た。
松岡さん、から松岡に、最近変わった。
苗字で呼ばれるのはあんまり好きじゃないのだが、何度言っても名前では呼んでくれないのだよ。
 
事務所に入ると、見慣れない顔がいた。
「あれぇ? 郁(いく)?」
水織が首を傾げた。
「早坂」
郁? 誰だ?

高校生ぐらいだろう。
割合に小柄の、女みたいな顔をした男が、水織に向かってくる。

「新しいバイトだってー」
いつの間にか隣にいた、優が言った。
「みーおちゃんの同級生なんだってさー」
ほう…。

「あ、郁。この人が…あたしを庇って…怪我しちゃった人だよ。松岡影伊さん」
「どうも。ウチの早坂がお世話になりました」

かちーん。
ほほう、「ウチの」ときたか。
まあでも、ここは大人の挨拶。
「松岡です」
「曽山郁(そやまいく)です。よろしく」
郁は、にっと笑った。

そしてすぐに水織に向き直り、
「ここ二階もあるんだろ? 案内してよ」
と言って、水織の肩に手を置き。
そのまま二階の階段を上がっていった。

うおおい!
あいつ…絶対あいつ、水織に気がある!