もう、家の前だったのか。


途中から景色を見る余裕もなかったんだと気付く。





嫌だ。


さよなら、なんて嫌だ。


大粒の涙が、勝手に落ちてくる。





「泣くなよ、櫻田花音。喜ばしいことだろ?契約終了、だ。」




恐らく、中堀さんは肩を竦めて見せたに違いない。




だけど、中堀さんの姿はとっくに涙でぼやけて見えてない。




ここ、までか。



私の時間は、ここまで、か。



時間切れ、か。



手の内にあるカードを、自分の力でぎゅっと握った。




諦めなくちゃ、いけないのか。




奪われたキスを怒ることもできないまま。



想いを伝えることも、許されないまま。




自分の気持ちに、最後まで嘘を吐くべきなのか。



「う、嬉し泣きですよっ」



分かりやす過ぎる自分の嘘に、笑える。


震え過ぎている自分の声と。


慌てて拭った涙の温かさ。



どちらも、ひどく滑稽で。





「あー、清々します!もう、色々悩んだりしなくて良くって!」




そう言いながら、私はバッグを取って、ドアを開けた。




降りる間際に、中堀さんを振り返る。



中堀さんは。



「さよなら」




再度囁かれた別れの言葉と共に。


ただ、優しく笑っていて。



それが無性に胸を熱くさせた。



込み上げてくるその熱が、また中堀さんに見つかってしまう前に。




「…さよなら」




やっとのことで紡いだ4文字と一緒に、ドアを閉めた。



バタン。



車を見送る余裕もなく。


もちろん振り返ることだって、もうできず。



一目散に、階段を駆け上って。


自分の家の前で。




「ふっ…うっ…」




崩れ落ちた。



冷たいコンクリートの廊下が着いた足から熱を奪っていくけれど。



ぱたぱたと染みを作る涙の方が、よっぽど熱かった。