「乃々香」
今度はすぐ近くで、声がした。
携帯の通話はもう切れている。
自分の意識が過剰に反応しているせいか、背後の気配を強く感じた。
―がんばれ、私。
私はぎゅっと瞑った目を開いて、振り返り―
「ぎりぎりになっちゃって、、ごめんねっ」
黒髪の兄に笑いかけた。
少しも逸らすことなく、私と目を合わせる中堀さんは、相変わらず強(したた)かな笑みを湛え、
「こっちこそ。迎えにいってやれなくて、ごめんな。」
人が良さそうに、謝った。
それを見て。
最初の頃は、その演技をしている中堀さんが好きだったんだよなぁと思う。
だけど、今は、金髪の彼以外、考えることが出来ない。
私が焦がれるのは、天使の偽者、ではなくて。
悪魔の本物の方だった。
「本当に、ごめんなさいね。」
その直ぐ隣で。
志織さんが眉を下げてこちらを見ていた。


