不機嫌なアルバトロス

直通の電車から降りると、私は出発ロビーに向かってエスカレーターを上りながら、携帯を耳に当てる。



通話ボタンを押す手が震えていることには気付かないフリをした。


手先はすっかり冷えているのに、浅く汗をかいている。


呼び出し音に、自分の心臓の音が重なって聞こえる。




《…乃々香?》





やがて、向こうから、聴こえてきた声。



ほんの数日前だって聴いた筈の声なのに。



可笑しいくらいに懐かしく聴こえて。


不思議なくらいに耳に馴染んで。



ただ、それだけで。


視界がぼやけた。




《空港に、着いた?》




唇を噛んで、涙を堪える。



私は。



最後まで、貴方の力になりたい。



だから。



ちゃんと、【妹】を演じるね。




「うん。着いたよ!お兄ちゃん、何処?」




どうか、声が震えていませんように。





お願い、私。


どうか、中堀さんと会っても、涙が出ないように頑張ってね。




《出発ロビーのチェックインカウンターのすぐ脇。》




携帯を耳に当てながら、言われた場所をきょろきょろと見回す。




「《乃々香!》」




携帯と重なって響く声に、心臓がドキンと跳ねた。



本来なら、自分が先に見つけたかった。


それなら、少しだけ、心を整えられるような気がしたから。



だけど、声は後ろから。


近づく足音も、ほら、こんなに沢山の人の中でも、わかる。



泣くな。


泣くな花音。


ぎゅっと爪が食い込むほど拳を握り、俯いて目を閉じる。



目を開けたら。



ちゃんと、佐藤乃々香になるのよ。




そう、暗示をかけて。