不機嫌なアルバトロス

「放してっ、時間がないのっ!」



掴まれた腕を力の限り振り回すと、タカは驚いた顔をする。



「落ち着けっ…って!」



「落ち着いてなんかいられないっ!最後になっちゃうかもしれないのに!!」




早口でまくし立てる。




「……零のとこ?」




小さく吐かれた溜め息が、私の胸を何故か縮こまらせた。




「わかった。でも、これ。持っといて。俺の連絡先。」




予想に反してタカは頷いただけで、小さな紙切れを私の手に握らせて、腕を解放した。



私は意図が掴めずに、タカを見つめる。



「カノン、ちゃんは…零のことが好きなの?」




燈真に訊かれた時とは、違う、空気で。



タカが訊ねた。




お互い見つめあったまま。




私は小さく頷く。




「…そ…っか」




一瞬の後、それだけ言うと、タカは私の肩を掴んで出口に身体を向けさせた。




「いってきな。」




「…タカ?」





トン、と背中を押されてから落とされた言葉に、思わず振り返るも。




「何かあったら、俺のこと、頼ってくれていいから」




その言葉だけを残して、ドアは閉じられてしまって。


タカの顔を見ることは、叶わなかった。



昨夜、あの後どうなったのか。


タカとどんな会話をしたのか、覚えていない。




ただ―




ぼんやりとした意識の中で。



タカを切なく思った気がする。



あれは、夢だったんだろうか、と。



腑に落ちないまま、とにかく足を走らせた。



大通りを出てタクシーを捕まえる。



陽が落ちる間際。


街は橙色に染まっていく。


夜がすぐ傍まで迫ってきていて、薄暗さがそれに混じる。


車窓から見ていると、ものの数分で辺りを黒が占領した。