「…こないだのこと、まだ怒ってる?」
大人しく指示に従い、スツールに腰掛けるとタカが訊ねてくる。
「…いえ、別に、もう…」
やっぱり私は握った拳を見つめたままで、かろうじて呟くように答えた。
無言の沈黙はここにはない。
人々の声や笑い声、音楽があるから。
さほど苦痛には感じない。
タカはそのBGMを突き破るように、大きく息を吐いた。
「はぁー、良かった!怒ってたら俺どうしようかと思ってたんだ。もしかして俺のせいでクラブに来なくなっちゃったのかなとか」
「そ、れは、別に…それが理由じゃありません。」
かなり絡んでるけど。
「でも、俺、女にバッグでぶった叩かれたの、初めて。痛かったなー」
クスリ、笑い声と共に茶化すように言うタカに、思わず顔を上げた。
「あっ、あれはっ!貴方があんなことしたからっ…」
てっきりへらへらと笑っているのかと思ったら、タカはいつになく真剣な表情をしていて、言葉に詰まった。
「うん、ごめんね。」
そして、嬉しそうに笑う。
「やっと、顔、上げてくれた。」
調子が狂う。
いつもの、軽い調子のタカじゃない。
最初に会った頃とも違う。
戸惑いながら、何も言葉を発しないでいると。
「とりあえず…何か、飲む?今日は燈真もいないんだ。代わりに葉月が、カクテルを作るから。」
そう言って、タカはカウンターの奥に居る黒髪の女の子を顎で示した。
あ。
私は小さく息を呑んだ。
さっきの、子。。
日曜日の、子。。。


