手放すチャンスは幾らでもあった。


なのに、何故か俺はそうしなかった。



『その仕事始める際の契約、忘れたわけじゃないだろ?』



燈真は言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を出していく。





『…当然だろ』




なんとも簡単そうに思えた契約だ。




『…なら、いいけど。早いうちに手を切ることを勧めるよ。』




燈真はそう言うと、カウンターにあるワインの瓶の腹を撫でた。




折角一杯飲んで行こうと思ったのに、その気も失せて俺は無言でその場を立つ。




『なんだよ、不機嫌だな』



茶化すような燈真の声が、屋上へ向かう俺の背中に纏わりついた。