―あそこまでは、上手く行ってたのに。
白け始めた空を眩しく感じながら、俺は首を傾げた。
「どこをどう、ミスったのかな」
小さくなった煙草をぐりぐりと手すりに押し付ける。
さぁ、役者は揃った、なんて、ご満悦になって後ろを振り返ったら、いやに不機嫌な櫻田花音がすごい勢いで出口に向かってきたんだよな。
何がなんだかわからずに名前を呼んでも無視。
俺、何かしましたっけ?
って感じで。
想定外過ぎる動きに、一瞬ついていけなかった。
この、俺が。
その上。
なんでこんなに必死にならなきゃいけないんだと内心思いつつ、やっと追いついたと思ったら―。
その時の感触をやけにリアルに思い出して、思わず眉間に皺が寄る。
―思いっきりぶったたかれて、『気安く私の名前を呼ばないで』だもんなぁ。
まじで、あんな格好悪いこと、初体験だったな。
女に叩かれたこと、なんて。
一度もない。
…母親以外には。
歩道橋の階段を一段一段静かに下りながら、俺は乾いた笑いを漏らした。
あの瞬間、俺は勧誘失敗に気付いた。
恐らく、理由は、相手を馬鹿にしすぎたこと、だ。
どうも、櫻田花音は、ただの阿呆ではなかったようだ。
もう少し、上乗せして計算しとけば良かった。
実際は、中々鼻の利く奴だったらしいから。


