不機嫌なアルバトロス

に、したって。




俺は笑顔を貼り付けながら、この女が中々しぶとそうだ、という事実に気がつきつつあった。





反応が、遅い。




何をそんなに迷うことがあるのか、目の前の女は首を縦に振らず、何か迷っている仕草をしている。




勤務時間でも気にしているのかな。




「直ぐ近くなので煩わせはしませんよ。」




だから、早く頷けって。



腕時計をまた確認してから、視線を上げるとそんな俺を見つめる女と目がばっちり合う。



断る気、か?


俺は不安げに揺れるその瞳を、安心させるように笑いかけた。


絶対に悪い印象は持たれていない自信があった。


むしろ、良い方だろう。


それでも、断ろうか、と考えるということは。



恐らく理由は警戒心、だ。



じゃ、俺が先に口を開こうか。




知ってるかな。


名前って、すごく力を持っているってこと。




「さ、行きましょう。櫻田花音、さん。」





見る見るうちに顔を真っ赤にさせた女が意外で、少し驚いた。


男慣れ、していると思うのに。




「…はい」




続いて直ぐに、小さいけど確かな返事が聞こえた。



―そう、それでいい。



よくできました。



俺はにっこりと笑って踵を返す。


橙真の店は本当にこの会社から直ぐ近くだから、便利だ。


今の所ぎりぎり時間通り。



「ほら、近いでしょう?」



押し黙る女を余所に、できるだけ明るい声で優しく言う。




「え…?」



女は驚きの声と共に、俺の後ろの建物に目をやった。



が。



顔が、険しい。



そして、何を考えているかが、申し訳ないけど外部にだだ漏れだ。