「え」



小さな驚きの声と共に、女が顔を上げて漸く俺を見た。



その目には、ただ、驚き。


ま、そーだろう。


俺は、とりあえず社員証を差し出す。


相手がパニックに陥っているのが目に見えるが、、俺にはそれに付き合う時間はねーんだよ。


さ、本題に入ろう。



「お昼、これからですか?」



言いながら、腕時計を確認する。


このまま行けたらベストタイムだ。



唐突過ぎるのは百も承知だ。



ただ、運命だとかなんだとか、そういうのを大事にするあんたらには十分過ぎるシチュエーションは作ってやった。



そして、恐らく、あんたはその中でも一番騙されやすい。



だろ?



案の定、



「…いいんですか、私が行って…」



好感触。




ぽかん、とする女を見ながら、俺は自分の名前をうっかり受付に伝えてしまった事に気付く。




―あ、しまったな。中堀って言っちゃったな。



懐かしいその名前。


ずっと使って居なかった、その名前が出てきてしまったのは、多分、この地に帰ってきたから。



ま、いいか。



多分、この女には、そんなにてこずらねーよ。



どうせ、騙す女の前で、俺は名づけてもらったように、闇を抱えない青年を演じてるんだからさ。



大嫌いなあの名前を使っても、いーか。




「そうだ、自己紹介がまだでしたね。失礼しました。私の名前は中堀 空生と言います。」




言ってから、気付く。



女にこの名前を教えたのは、初めてだったな、と。