この街には何の未練も執着もなかったが。


ただ、世話になったあの人が、死んだから。


ちょっとの間帰ってこようかな、と思っただけ。




ある程度仕事して、ある程度騙して。



また、少しすれば、野良猫の様に、またふらふらと何処かへあてもなく彷徨う。


好きな場所に好きなだけ、留まる。


―そのつもりで、居たんだけど。




煙草の灰が、ぽろっと落ちて風と共に舞った。






世間なんか、騙し合いが上手な奴ほど上に行くシステムになっているわけで。


誰かを必要と感じた時点で、自分自身が駄目になる可能性は大だ。


何故なら、嘘を吐くなら独りきりでいることが大前提だからだ。


独りで吐く嘘ほど、完璧で鉄壁なモノが出来上がる。


真実を知るのは自分以外いないからだ。



なのに。


なんで、今俺はこの嘘をアイツと共有する羽目になったんだか。



苦笑を通り越して、呆れる。



まぁ、要は、勧誘失敗、したから、だ。



途中までは上手く行っていた。


俺はミスをしていない、と思う。


気の良い紳士を装い、会社にまでわざわざオトシモノを届けに行ってやったんだから。



受付に内線で呼び出してもらい、アイツが来るのを待っている時の事を思い出す。



下を向きながら顔を隠すように歩いてくる女、発見。




―なんなんだ?



誰にも気づかれないように一瞬だけ眉を顰めた。




なんで、そんなにコソコソ歩く必要があるのだろう。



そういえば、受付嬢も名前を出した時にあんまり良い顔しなかったな。


俺には愛想を振り撒いていたけど。



―人選、ミスったか?



若干不安要素が頭を過ぎる。


…とにかく、もう少し、様子を見ることにしよう。