「あれ」
気がつくと、自分の下を何台もの車が行き交っている。
とっくに夜中なんか過ぎているのに、まだこんなに起きてる人間がいるのか、と漠然と思い、はっとする。
いつの間にか、例の歩道橋にまで来てしまったらしい。
階段を上っている時にすら気付かず、無意識だったのか。
「どんだけだよ」
自分自身に突っ込みながら、仕方なくポケットをまさぐると、見つかった煙草に火を着けた。
深く息を吐き出し、手すりに肘をついた。
―クラブに近いこの一帯は、施設を出たばかりの頃の俺の遊び場で。
庭のようによく知る街だ。
隠れようと思えば隠れる場所なんていくらでもある。
志織の家からも近い。
ただ―家といってしまうと、少々語弊があるかもしれない。
志織の親がマンションをいくつも所有しているからだ。
つまり、細かく言うなれば、志織の場合、ただ単に今回帰国している間だけの借り住まいにしか過ぎない、というわけだ。
ホテル感覚の方が近いと思う。
だから。
向こうから居なくなってくれる―なんとも都合の良いターゲットだった。


