「いったぁ…」
周囲の人が皆俺達の脇をすり抜けていく中、女の微かな声がした。
―ちょっと突き飛ばしすぎたかな。
でも、コレ位じゃないと、バッグがひっくり返らないからね。
見事に散らばった書類に俺はほくそ笑む。
役者はできれば働いている感がしっかりある人間が良かった。
それから、駅から近い会社に勤めていること。
まぁ、毎朝駅から歩いて来る人たちから選んだんだから、この条件に当てはまるのは当然なんだけど。
カスカコーポレーション、か。
櫻田、、花音。
社員証は、間違いなく使えるね。
利用しない手はない。
「すいません、大丈夫ですか?」
―俺は良い人間じゃないけど、良い人間のように振舞うことは出来る。
手を差し伸べながら女を気遣う俺を、もう一人の自分が嘲笑う。
所詮、造られた自分。
それは、もう、しょうがない。
本当の俺なんか、誰も、求めちゃいないんだから。
…にしたって…。
俺の頬が少し引き攣る気がする。
なぜって。
転んだままの女が、俺を見ている筈なのに返事をしないから。
「―あの、大丈夫ですか?」
とりあえず、もう一度。


