「もう、いいよ。」
憲子は、ポケットに手を突っ込んだまま、やっぱり私を振り返ることなく呟く。
「え?」
「だから、もういいって。」
「―何が?」
今日の憲子はよくわかんないなぁ、なんて思いながら、私は首を傾げた。
「だから!」
その言葉と一緒に憲子は振り返って私と目を合わす。
「好きなら好きで、がんばってみればって言ってんの!」
口を尖らせて、渋々という感じで憲子は言い放った。
「え、ど、どうして突然…」
おろおろしだした私を余所に、憲子は続ける。
「カレのことは信用できないし、止めたほうが良いと思う私の気持ちは変わらない。でも、花音は好きなんでしょ?」
「…うん」
それは、この先変わりようがない事実だ。
「それも、多分…私が見てきた中で、一番、、、本気だと思う。」
はーぁ、とわかりやすく息を吐く憲子。
「花音が傷つくだろうとも思う。けど。それでもいいって思うなら、花音は自分に正直に生きればいいよ。」
「っ、憲子ー!!!」
私は我慢できず、憲子に抱きついた。
「ちょっ、苦し…っていうか、こんな公衆の面前でやめてよ…」
憲子の訴えなんてお構いなしに、私はぎゅーっと抱き締める。
どうしたらいいか、なんてわかんないけど。
応援してくれる人が居るなら。
憲子が居るなら。
ぼろぼろになって傷ついても、帰ってこれるから。
もう、この気持ちを抑えるのは、止めて。
ちゃんと、全うさせてあげよう。
胸のつかえが取れたみたいに安心して、私はそう決意した。


