嫌だ。


いやだいやだいやだ。


この人に触られるのが嫌だ。


本当に嫌だ。



中堀さんの香りが。



無くなってしまう気がする。



「宏章は…、私のことなんか、好きじゃないでしょ?」



私の口から零れ出る言葉に、宏章は一瞬怯む。




「…何言って…」



「最初からずっと知ってたの!わかってた!」



その一瞬を逃すことのないように、私は宏章を思い切り突き飛ばした。




「花音…」



呆然と、エレベーターの外、後ろ手をついた格好で、宏章が私を見上げる。


「けど…知らないフリしてた…そーいうの、もうやめにしたい。だから…さよなら。」



扉が閉まって見えなくなるまで、宏章は動くことなく。


私はその様子を見ながら、笑った。



楽しくて笑ったんじゃなくて。


強がりと自身への呆れで笑ったの。



1のボタンを押して、エレベーターが上昇するのを待つ。


外の光が差し込み、今更ながら、足が、手が、震えていることに気付く。




「はは…」



がくがくする足をなんとか叩いて、エレベーターを降りた。



がらんと広がる静かな空間。



へなへなと力が抜けて、床に座りこんだ。



冷たい、大理石が体温を奪う。





暫く、その場を動けなかった。