「お、おそってなんか…」



慌ててどけようとするけれど、手がびくりとも動かない。



「は、はなしっ…」



そう言った瞬間、グィっと引っ張られ、驚きの余り続く言葉を呑んだ。



鼻と鼻がくっつきそうな程近くで、中堀さんは節目がちに私の唇に一瞬視線を落とし―



「おはようのキスでもしとく?」



私の目をばっちり捕らえて不敵に言い放った。



「!!!!!」



目を見開く私を見て、満足そうに中堀さんは笑い、



「…なワケないでしょ。本気にしちゃった?」



何事もなかったかのように私から離れ、ソファから起き上がる。



そしてそのまま何も言わずに、洗面所に向かったらしい。


中堀さんがキッチン脇のドアから出て行ったのが見えたから多分そうだろう。



だけど。


私は。



―キス、されるかと思った。



テレビに背を向けて空っぽのソファを目の前にして。


何しろ、動けない。


落ち着け私。静まれ心臓。




―違うな。



ぎゅっと痛む心臓で、自分の思い違いに気付く。



―キス、されるかと思ったんじゃない。



呪縛から解けたように、私は頭を抱えた。




―キス、して欲しかったんだ。


熱を帯びる頬を隠すように俯いて、私は途方に暮れる。



あと何回くらい?


抗うことのできない本能が、彼に惹かれて。


あとどのくらい?


理性で制すればいい?




こんなに近くに居るのに。


心が全く見えない。



謎が多過ぎて。


リスクが高過ぎて。


想いが。


予想以上に育ち過ぎて。