筋肉痛が抜けた頃、久しぶりに近くのショピングセンターで一人買い物を楽しむ。運動会以降、桃花に気に入られた祥子は鉄平を通し毎日のようにデートのお誘いを受けるが、さすがに全ての休日を返上してまで相手はできない。
(あくまで無理の無い範囲での協力だし、身を粉にしてまで付き合う義理もないわよね)
 とは考えるものの寂しがる桃花の様子が想像でき、ショッピングの最中も桃花へのプレゼントにどうだろうかと品定めをする自分自身に戸惑う。複雑な気持ちでウインドウショッピングを続けていると、突如背後から呼び止められる。
「こんにちは、祥子さん」
(うわぁ、こんなところで青柳さんリターンズだ……)
「こんにちは」
 冷静を装い祥子も挨拶を交わす。青柳とはスーパーで振って以来一ヶ月ぶりとなる。
「今日は祥子さん一人で買い物ですか?」
「はい」
「彼氏さんは?」
「仕事です」
「お子さんは?」
(えっ? なんで桃花ちゃんのことを)
 戸惑う祥子に青柳は苦笑する。
「スーパーで僕に紹介した人、彼氏じゃないでしょ? 子連れだったし、別々に帰ってたのを見ちゃったから」
(やばい、バレてたか……)
 口ごもる祥子を見て青柳は口を開く。
「僕、そんなに鈍くないよ。祥子さんに好かれてないのも肌で感じてる。だから、せめてその理由だけでも教えてくれないかな? じゃないと僕も前に進めない」
(確かに、私の方からアプローチしといて今の状況は宜しくないとは思う)
 気は乗らないものの、祥子は全てを話す覚悟を決めモール内のカフェに誘う。お茶だけ注文し、運ばれてくると祥子から切り出す。
「私が最初にメールしたとき、道路で子犬を助けたかどうか聞いたのを覚えていますか?」
「うん、覚えてる」
「私、その子犬を助けた人が気になってて、偶然にもその助けた人の車と青柳さんの車が同じ車種とカラーだったみたいなんです」
「ラパンの黒か。祥子さんもラパンだよね。つまり勘違いして通勤中の僕へアプローチしてたってわけか」
「申し訳ありません」
 頭を下げる祥子を見て溜め息をつく。
「それで、その子犬を助けたって人はまだ見つかってない?」
「はい、もう諦めてます。半年以上見かけなくて、今後会えるとも思えませんし」
「じゃあ、僕と付き合っても別に問題ないんじゃない? それとも普通にタイプじゃなかった?」
(言われてみれば、付き合わない理由はない。でも、付き合いたいとも思えない……)
「今は誰とも付き合いたくない、というのが私の正直な気持ちですね。さっき諦めたって言いましたけど、まだ心のどこかで彼を諦め切れていないような気もしますし。今でも黒のラパンを見掛けたら目で追ってしまうんで……」
 祥子の素直な想いを聞いて、青柳は黙ってコーヒーに口をつける。
「祥子さんの気持ちはよく分かった。僕の入り込む余地がないこともね」
「青柳さん……」
「これが最初で最後のデートになるってことか。ちょっと寂しいな……」
 青柳は本当に寂しそうな表情をする。
(私が巻いた種だけに、なんか罪悪感が半端ない……)
 もじもじしていると青柳は少し身を乗り出ながら問いかけてくる。
「ねえ祥子さん。もし祥子さんが許してくれるなら、今日夕方まででいいからデートしてくれないかな? モール内で買い物するだけでもいいんだけど」
 突然の提案に祥子は戸惑う。
(全然想いのない相手とデートか。でも青柳さんの気持ちも無下に出来ないし。仕方ない、か……)
「夕方四時までならいいですよ」
(あまり長く居て勘違いされると困るし)
「分かった。後三時間くらいだね。ありがとう。良い思い出になるよ」
 笑顔になる青柳を見て祥子も少し気が楽になる。その後の青柳との買い物は思ったより楽しく、コーディネートもしてくれて祥子も悪い気分はしない。『振った相手に買って貰った品が、手元に残るのは嫌だろ?』という言葉通り、決して奢るとは言わず、あくまで買い物の付き添いに終始する。
(この人、だいぶ大人だ。ちょっと惜しいことしたかしら……)
 内心心動かされる想いに駆られるが、バレないようにウインドウショッピングを続ける。そうこうしていると、携帯電話の着信音が鳴り、青柳に断りを入れて通話ボタンを押す。ディスプレイに表示されている相手は鉄平だ。
「もしもし?」
「また休み中にごめん! 俺、今出張中なんだけど、桃花が熱出したって保育園から電話あって……」
 『桃花』『熱』という単語を聞いただけで祥子の頭の中はしゃきっとする。
「皆まで言わなくていい。私が直ぐに向かうから、アンタは保育園に私が行くことだけ伝えておいて。じゃ」
 鉄平の話を遮り慌ただしく通話を切ると、青柳に向かい合う。口を開こうとした祥子を青柳は手を出して制止する。
「保育園まで送るよ。それでデートは終了。これでいいかい?」
 青柳からの優しい申し出を祥子は笑顔で快く引き受けた。