そこで目が覚めた。
また朝になってるみたい。
今日は七月五日……。
もうすぐ七月七日だけど、きっと何も起こらないはず。
そして……孝宏君のことを思い出し、私の元気はすぐに回復した。
そう……私たち、昨日から……。
想像するだけで顔が火照ってしまう。
昨日のことは夢じゃないよね。
私はベッドから起き上がった。
「佐那ちゃん、おはよう!」
階段の下で、孝宏君と顔を合わせた。
「おはよう!」
言って、我慢しきれず、抱きつく私。
「ああっ、駄目だって!」
慌てる孝宏君。
嫌なのかな……。
「ごめん、嫌だった?」
ちょっと寂しくなってしまう。
私が調子に乗りすぎちゃったのかも……。
「そ、そうじゃなくて……」
そこで、リビングのほうから元気の良い女性の声が聞こえた。
「見ぃーちゃった! 噂の佐那ちゃん、意外と大胆な子なんだね!」
おばあさんの声とは全く違う、若々しくて甲高い声だ。
そちらを見ると、見知らぬ若い女性が立っていた。
けっこう綺麗な人だ。
孝宏君にもおばあさんにもあまり似ていないけど、もしかして……孝宏君の従姉さんじゃないかと想像する。
「あ、は、初めまして……」
私はお辞儀をした。
「ほらぁ~。嫌だったんじゃなくて……こうして雪乃(ゆきの)姉ちゃんにバレると、色々と言われて、佐那ちゃんが困るかなって思ってね。こちらは雪乃姉ちゃん。僕の従姉だよ」
苦笑する孝宏君。
「来栖野佐那と申します。よろしく」
「孝ちゃんの紹介にあった通り、あたしは雪乃。孝ちゃんの従姉で、おばあちゃんの孫ね。よろしく! 噂の佐那ちゃんに会えて光栄だなぁ!」
「は、はい……。お会いできて嬉しいです」
どこで噂が流れてるんだろ。
「敬語なんか、なしなし! 雪乃って呼んでね。よろしくね! それにしても……うわぁ~可愛い~! 想像以上の可愛さだ! こりゃ孝ちゃんがイチコロなのも納得できる!」
「ちょっと、雪乃姉ちゃん、何言ってるんだよ。佐那ちゃんが可愛いっていうところに、異論はないけど」
孝宏君こそ、雪乃さんの前で、何言ってるの~。
は、恥ずかしい。
「お、赤くなったぞ! 何なんだ、この可愛さは!」
「そろそろ朝食が出来る頃だし、食べに行くよ。僕は今日も学校だから」
孝宏君はそう言ってリビングに向かうので、雪乃さんと私も続いた。
その間、雪乃さんのテンションは高いままだったけど。
四人での朝食の間、雪乃さんのことを、本人とおばあさんが話してくれた。
どうやら、おばあさんのほうから、こまめに雪乃さんに連絡を取っていたそうで、私が居候していることも、雪乃さんに伝わっていたらしい。
ただ、記憶喪失ってことなどは伝わってなかったらしく、私の口から話したところ、雪乃さんが本当に文字通り「飛び上がって」驚いた様子だった。
そういう私の秘密やあまり知られたくなさそうなことを、たとえ自分の孫相手とはいえ、勝手に漏らさないおばあさんの気遣いが嬉しい。
初日に聞いていた通り、雪乃さんは今、他府県の大学に通っているらしい。
そして、週末になると、たまにこうしておばあさんの家に帰ってくることもあるそうだ。
雪乃さんの性格は、おばあさんによると「おてんば」、孝宏君によると「にぎやか」という感じみたい。
本人は否定していたけど、何となく二人の意見が当たっているように、会ったばかりの私ですら感じた。
雪乃さんって、なんだか、楽しい人だなぁ。
また、おばあさんによると、まだ警察からの連絡はないという。
警察でもまだ何も分かってないのかな。
そろそろ本気で不安になってきつつあった。
あの夢では、七月七日に記憶が戻るっていう謎の声が聞こえてたけど、所詮は夢だから、信用できない。
それに、「お別れ」みたいな不吉なことも、あの不思議な声が言っていたし、そんなのを信じる気にはなれなかった。
「ごちそうさま。それじゃ、学校へ行ってくるね」
孝宏君が立ち上がり、お皿を流しへ持っていきながら言った。
他のみんなも立ち上がって、孝宏君に「気をつけてね」と言って、お皿を運んでいく。
私は玄関まで、孝宏君を見送ることにして、後についていった。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
「うん、いってきます。今日は土曜だから半日で終わるし、午後からまた一緒に過ごそうね」
「もちろん! 首を長くして待ってるよ。気をつけていってきてね」
新婚さんみたいに、ここでキスしたいところだったけど………後ろにおばあさんと雪乃さんもいることが分かっていて、見られたら恥ずかしいから、できなかった。
すると、孝宏君のほうから、キスしてくれてびっくり。
ドキドキが治まっていないうちに、孝宏君は手を振って家を出ていってしまった。
途端に、早速寂しくなる私。
もう、孝宏君なしじゃ、生きていけないかも……。
私はお皿洗いをするために、キッチンへ向かった。
すると、そこにはおばあさんと雪乃さんが並んでいて、すでに大半のお皿を洗い終わっているみたいだった。
「ああ、私がいるうちは私が手伝うから、佐那ちゃんは休んでていいよ」
孝宏君の従姉さんだけあって、やはり優しい雪乃さん。
「ありがとう。でも、もし何かお手伝いできることがあれば、是非言ってくださいね」
「ね、いい子でしょ?」
にこにこしておばあさんが雪乃さんに言う。
「なぜ、おばあちゃんが自慢げなのかが解せん。でも、言ってることはすごく分かる!」
うんうん、と頷いて言う雪乃さん。
何だか褒められてばかりで、照れちゃう。
私は邪魔になるといけないので、私は先に掃除をすることにする。
その後、三人で一通りの家事を済ませたところ、雪乃さんが言った。
「家事も一段落、だね。佐那ちゃん、お昼まで何か予定は?」
「あ、いえ、特にありません」
「だったら、一緒に出かけない? どこか、行ったことがない場所があるんだったら、案内するから」
すると、おばあさんが言う。
「是非、行っておいでよ。孝宏はお昼まで帰ってこないからね。お昼の準備はあたしがしておくから、心配しなくていいよ」
私たちは口々におばあさんにお礼を言った。
「じゃ、じゃあ、臨海公園はいかがでしょうか? 何度か話には聞いてるんだけど、まだ行ったことがないので」
「オッケー! それじゃ、おばあちゃん、出かけてくるね」
「はいはい、二人とも気をつけてね」
こうして私たちは、出発の準備を済ませた後、臨海公園へ向かったのだった。
寒蝉駅に到着し、ホームで電車を待つ雪乃さんと私に、「すみません」と声をかけてきた人がいた。
振り返ると、駅員さんらしき格好の人が立っている。
この人どこかで……。
「もう、お加減は大丈夫ですか?」
「ああっ!」
私はやっと思い出した。
一人でこのホームまで来たとき、声をかけてくれた駅員さんだ!
「その節はご心配をおかけしました。もう、この通り、元気です」
「安心しました。それはよかったです。また、何かお困りのときやお加減が優れないときは、お気兼ねなくお声かけくださいね」
「はい、ありがとうございます」
駅員さんは一礼して立ち去っていった。
親切な人だなぁ。
「佐那ちゃん、知り合い多いね。ここに来てまだ一週間も経ってないっていう話なのに、すごいよ」
雪乃さんが目を丸くして言う。
「いえいえ、そんなことは……」
私は、以前このホームでさっきの駅員さんに会ったときのことを話した。
「親切な駅員さんだね。それに、なんだか、かっこいいし!」
元気良く言う雪乃さん。
たしかに、ルックスはかっこいいかも。
駅員さんの制服で、びしっと決まっているし。
「たしかにそうですよね。でも、私には、孝宏君のほうがかっこよく……」
「出たぁ~! まーた、のろけだぁー!」
「ち、違いますよ!」
慌てて否定はするものの、客観的に見ると、のろけと受け取られても仕方ないかな……。
「気にしなくていいってば。孝ちゃんのこと、それだけ深く想ってくれてるんでしょ。従姉のあたしとしても、すごく嬉しいよ」
そう言う雪乃さんの表情は、なぜだか急に寂しげに感じられた。
今日会ったばかりとはいえ、雪乃さんのこんな表情は初めて見る。
どうしたんだろう……?
そのとき、アナウンスが流れ、ホームに電車が入ってきた。
「さぁ、出発だぁー!」
雪乃さんの表情は、底抜けに明るく感じられ、寂しげな様子など、もう微塵もみられなかった。
気のせいだったのかも。
私たちは相次いで、電車へと乗り込んだ。
また朝になってるみたい。
今日は七月五日……。
もうすぐ七月七日だけど、きっと何も起こらないはず。
そして……孝宏君のことを思い出し、私の元気はすぐに回復した。
そう……私たち、昨日から……。
想像するだけで顔が火照ってしまう。
昨日のことは夢じゃないよね。
私はベッドから起き上がった。
「佐那ちゃん、おはよう!」
階段の下で、孝宏君と顔を合わせた。
「おはよう!」
言って、我慢しきれず、抱きつく私。
「ああっ、駄目だって!」
慌てる孝宏君。
嫌なのかな……。
「ごめん、嫌だった?」
ちょっと寂しくなってしまう。
私が調子に乗りすぎちゃったのかも……。
「そ、そうじゃなくて……」
そこで、リビングのほうから元気の良い女性の声が聞こえた。
「見ぃーちゃった! 噂の佐那ちゃん、意外と大胆な子なんだね!」
おばあさんの声とは全く違う、若々しくて甲高い声だ。
そちらを見ると、見知らぬ若い女性が立っていた。
けっこう綺麗な人だ。
孝宏君にもおばあさんにもあまり似ていないけど、もしかして……孝宏君の従姉さんじゃないかと想像する。
「あ、は、初めまして……」
私はお辞儀をした。
「ほらぁ~。嫌だったんじゃなくて……こうして雪乃(ゆきの)姉ちゃんにバレると、色々と言われて、佐那ちゃんが困るかなって思ってね。こちらは雪乃姉ちゃん。僕の従姉だよ」
苦笑する孝宏君。
「来栖野佐那と申します。よろしく」
「孝ちゃんの紹介にあった通り、あたしは雪乃。孝ちゃんの従姉で、おばあちゃんの孫ね。よろしく! 噂の佐那ちゃんに会えて光栄だなぁ!」
「は、はい……。お会いできて嬉しいです」
どこで噂が流れてるんだろ。
「敬語なんか、なしなし! 雪乃って呼んでね。よろしくね! それにしても……うわぁ~可愛い~! 想像以上の可愛さだ! こりゃ孝ちゃんがイチコロなのも納得できる!」
「ちょっと、雪乃姉ちゃん、何言ってるんだよ。佐那ちゃんが可愛いっていうところに、異論はないけど」
孝宏君こそ、雪乃さんの前で、何言ってるの~。
は、恥ずかしい。
「お、赤くなったぞ! 何なんだ、この可愛さは!」
「そろそろ朝食が出来る頃だし、食べに行くよ。僕は今日も学校だから」
孝宏君はそう言ってリビングに向かうので、雪乃さんと私も続いた。
その間、雪乃さんのテンションは高いままだったけど。
四人での朝食の間、雪乃さんのことを、本人とおばあさんが話してくれた。
どうやら、おばあさんのほうから、こまめに雪乃さんに連絡を取っていたそうで、私が居候していることも、雪乃さんに伝わっていたらしい。
ただ、記憶喪失ってことなどは伝わってなかったらしく、私の口から話したところ、雪乃さんが本当に文字通り「飛び上がって」驚いた様子だった。
そういう私の秘密やあまり知られたくなさそうなことを、たとえ自分の孫相手とはいえ、勝手に漏らさないおばあさんの気遣いが嬉しい。
初日に聞いていた通り、雪乃さんは今、他府県の大学に通っているらしい。
そして、週末になると、たまにこうしておばあさんの家に帰ってくることもあるそうだ。
雪乃さんの性格は、おばあさんによると「おてんば」、孝宏君によると「にぎやか」という感じみたい。
本人は否定していたけど、何となく二人の意見が当たっているように、会ったばかりの私ですら感じた。
雪乃さんって、なんだか、楽しい人だなぁ。
また、おばあさんによると、まだ警察からの連絡はないという。
警察でもまだ何も分かってないのかな。
そろそろ本気で不安になってきつつあった。
あの夢では、七月七日に記憶が戻るっていう謎の声が聞こえてたけど、所詮は夢だから、信用できない。
それに、「お別れ」みたいな不吉なことも、あの不思議な声が言っていたし、そんなのを信じる気にはなれなかった。
「ごちそうさま。それじゃ、学校へ行ってくるね」
孝宏君が立ち上がり、お皿を流しへ持っていきながら言った。
他のみんなも立ち上がって、孝宏君に「気をつけてね」と言って、お皿を運んでいく。
私は玄関まで、孝宏君を見送ることにして、後についていった。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
「うん、いってきます。今日は土曜だから半日で終わるし、午後からまた一緒に過ごそうね」
「もちろん! 首を長くして待ってるよ。気をつけていってきてね」
新婚さんみたいに、ここでキスしたいところだったけど………後ろにおばあさんと雪乃さんもいることが分かっていて、見られたら恥ずかしいから、できなかった。
すると、孝宏君のほうから、キスしてくれてびっくり。
ドキドキが治まっていないうちに、孝宏君は手を振って家を出ていってしまった。
途端に、早速寂しくなる私。
もう、孝宏君なしじゃ、生きていけないかも……。
私はお皿洗いをするために、キッチンへ向かった。
すると、そこにはおばあさんと雪乃さんが並んでいて、すでに大半のお皿を洗い終わっているみたいだった。
「ああ、私がいるうちは私が手伝うから、佐那ちゃんは休んでていいよ」
孝宏君の従姉さんだけあって、やはり優しい雪乃さん。
「ありがとう。でも、もし何かお手伝いできることがあれば、是非言ってくださいね」
「ね、いい子でしょ?」
にこにこしておばあさんが雪乃さんに言う。
「なぜ、おばあちゃんが自慢げなのかが解せん。でも、言ってることはすごく分かる!」
うんうん、と頷いて言う雪乃さん。
何だか褒められてばかりで、照れちゃう。
私は邪魔になるといけないので、私は先に掃除をすることにする。
その後、三人で一通りの家事を済ませたところ、雪乃さんが言った。
「家事も一段落、だね。佐那ちゃん、お昼まで何か予定は?」
「あ、いえ、特にありません」
「だったら、一緒に出かけない? どこか、行ったことがない場所があるんだったら、案内するから」
すると、おばあさんが言う。
「是非、行っておいでよ。孝宏はお昼まで帰ってこないからね。お昼の準備はあたしがしておくから、心配しなくていいよ」
私たちは口々におばあさんにお礼を言った。
「じゃ、じゃあ、臨海公園はいかがでしょうか? 何度か話には聞いてるんだけど、まだ行ったことがないので」
「オッケー! それじゃ、おばあちゃん、出かけてくるね」
「はいはい、二人とも気をつけてね」
こうして私たちは、出発の準備を済ませた後、臨海公園へ向かったのだった。
寒蝉駅に到着し、ホームで電車を待つ雪乃さんと私に、「すみません」と声をかけてきた人がいた。
振り返ると、駅員さんらしき格好の人が立っている。
この人どこかで……。
「もう、お加減は大丈夫ですか?」
「ああっ!」
私はやっと思い出した。
一人でこのホームまで来たとき、声をかけてくれた駅員さんだ!
「その節はご心配をおかけしました。もう、この通り、元気です」
「安心しました。それはよかったです。また、何かお困りのときやお加減が優れないときは、お気兼ねなくお声かけくださいね」
「はい、ありがとうございます」
駅員さんは一礼して立ち去っていった。
親切な人だなぁ。
「佐那ちゃん、知り合い多いね。ここに来てまだ一週間も経ってないっていう話なのに、すごいよ」
雪乃さんが目を丸くして言う。
「いえいえ、そんなことは……」
私は、以前このホームでさっきの駅員さんに会ったときのことを話した。
「親切な駅員さんだね。それに、なんだか、かっこいいし!」
元気良く言う雪乃さん。
たしかに、ルックスはかっこいいかも。
駅員さんの制服で、びしっと決まっているし。
「たしかにそうですよね。でも、私には、孝宏君のほうがかっこよく……」
「出たぁ~! まーた、のろけだぁー!」
「ち、違いますよ!」
慌てて否定はするものの、客観的に見ると、のろけと受け取られても仕方ないかな……。
「気にしなくていいってば。孝ちゃんのこと、それだけ深く想ってくれてるんでしょ。従姉のあたしとしても、すごく嬉しいよ」
そう言う雪乃さんの表情は、なぜだか急に寂しげに感じられた。
今日会ったばかりとはいえ、雪乃さんのこんな表情は初めて見る。
どうしたんだろう……?
そのとき、アナウンスが流れ、ホームに電車が入ってきた。
「さぁ、出発だぁー!」
雪乃さんの表情は、底抜けに明るく感じられ、寂しげな様子など、もう微塵もみられなかった。
気のせいだったのかも。
私たちは相次いで、電車へと乗り込んだ。