モール内にある、水着を取り扱っているお店に私たちは入ったところだ。
 カラフルな水着が所狭しと並んでいて、目移りしそう。
 二人で水着を選ぶなんて……ものすごく恋人っぽくて、ドキドキした。
 美麗さんじゃなくて私で、本当にいいのかな?
 でも……孝宏君から提案してくれたことだから、これはチャンスかも。
 孝宏君が喜んでくれるのを選ばないと。

「えっと、孝宏君はビキニかワンピースか、どっちがいいと思う?」
「えっ?」
 こんなに赤くなられると、私もますます恥ずかしい。
「その……佐那ちゃんが着るのなら、どちらでもすごく可愛いと思う」
「あ、ありがとう」
 顔がすごく熱くなったのを感じる。
 こんなこと言ってもらえるとは思わなかった。
 たまらなく恥ずかしいけど……それなのに、すごく嬉しい。

 でも、どっちにしよう。
 ビキニのほうが恥ずかしい気もするけど、孝宏君がそっちを気に入ってくれるのなら、そっちにしたいし。
 すると、そのとき、背後から声がした。
「お困りですか?」
 私たちが振り返ると、二十代前半ぐらいの女性店員さんが笑顔で立っていた。
「彼女さんの水着選びですね。サイズはお幾つでしょうか?」
 店員さんの言葉に、孝宏君と私はますます固まってしまった。
 でも、孝宏君が否定する様子はないので、私もそこはスルーしておくことに。
 恋人って思われたままでも、孝宏君はいいのかな。
 私はむしろ大歓迎だけど……。

 あ、そういえば……サイズって分からないなぁ。
「ちょっと忘れました」
「じゃあ、こちらへ。お測りしますので」
 私は店員さんについていった。
 孝宏君は恥ずかしそうに、その場で止まったままだったけど。



 サイズを測ってもらった後、店員さんと私は、購入候補を三つに絞り込んだ。
 ピンクのビキニ、水色のワンピース、薄ピンクのワンピース、の三つ。
 ビキニは横紐タイプだった。
 また、水色のワンピースには、ボトムス部分にひらひらしたスカート状のものがついている。
 そこで店員さんが孝宏君に向かって聞いた。
「彼氏さんは、どれがお好みですか? 場合によっては三つ全部でも」
 ま、まただ……完全に恋人同士だと思われたままだ。

 そして、三つ全部って……商売上手だなぁ。

「えっと……この、水色のが……」

 孝宏君は「彼氏さん」の部分を否定しない。
 もしかして……ここで否定すると、私に恥をかかせるって思ってくれてるんじゃ……。
 あり得る………。
 なんて、優しいんだろう。
 だけど、そのせいで、嫌な気持ちを我慢してくれてるのなら、申し訳ないし、私もつらい。
 こんな風に一人で思い悩む私の気持ちには、当然全く気づくことなく、店員さんは明るく高い声で言った。
「それじゃ、そちらに試着室がございますので、一度試着されては?」
「あ、はい」
 言われるがまま、私は店員さんの後ろに続いて移動する。
「彼氏さんもこちらまでどうぞ」
 店員さんは振り向いて、その場で立ったままの孝宏君に向かって言った。
「はい」
 孝宏君も歩き出してくれたようだ。



 店員さんに促され、試着室に入って、服を脱ぐ。
 すぐ外に孝宏君がいてくれると思うと、ものすごくドキドキした。
 でも……もし万が一、孝宏君に着替えを見られちゃったとしても、恥ずかしさはあるものの、全然嫌じゃない……かも。
 こんなことを考えるのは、はしたないと思うし、そんな人を孝宏君が好きになってくれるとも思えないけど……。



 水色のワンピース水着に出来るだけ手早く着替えて、カーテンを開ける。

「どう……かな?」
 ちらっと見たあと、すぐに視線をそらす孝宏君。
 私も相当恥ずかしいけど。
「うん、すごくよく似合ってて……可愛いよ」
 恥ずかしそうに目を泳がせながら孝宏君が答えてくれた。
「よかった! じゃあ、これにしてもいいですか?」
 できるだけ普通に元気良く言ったつもりだけど、ドキドキしてるせいで、声が震えてしまった。
 うつむき加減で、うん、とうなずいてくれる孝宏君。
 すると、店員さんが口を挟んだ。
「そちらのビキニのほうも試着されませんか? よくお似合いになると思いますよ」
 うう、商売上手だ……。
「あ、でも……二つも買っていただくわけには……」
「大丈夫だよ。ばあちゃんも『気に入るのがあれば、好きなだけ』って言ってたし」
「彼氏さんもこうおっしゃってますし、さぁ、そちらもどうぞ」
 店員さんは、素敵な笑顔で試着室を指し示す。
 孝宏君も待ってくれているみたい。
 二人の勢いに気圧(けお)される形で、私は再び試着室へ入った。



 ビキニに着替えてカーテンを開けると、すぐに孝宏君と目が合った。
 さっきより水着の露出度が高くて、さらに恥ずかしい……。
 でも、やっぱり……全然嫌な気はしない。
 孝宏君になら、いくら見られてもいいかな、と思った。
 どうも私は恥ずかしがり屋のようだということに薄々気づいてきたんだけど、そんな私が「見られても平気」と言いきれるほど、孝宏君のことを好きになったんだと、自分の気持ちを改めて自覚する。

 私はまた孝宏君に、「どうかな?」と聞いてみた。
「とってもよく似合ってるよ。佐那ちゃんには、そういう淡い色合いがぴったりだね。すごく……可愛いよ」
「あ……ありがとう」
 顔から火が出るほど恥ずかしいはずなのに、心躍るほど嬉しい。
 不思議な気持ち。
「それも買おうよ」
「ほんとに……いいの?」
「もちろん。僕が買いたいからだし、佐那ちゃんは気にしなくてもいいよ」
 孝宏君の気遣いに、思わず涙ぐみそうになる。
「お買い上げありがとうございます! そちらのピンクのワンピースもいかがですか?」
「いえ、この二つだけで大丈夫です」
 商魂たくましい店員さんは、三着目も勧めてくれるけど、さすがに私は断った。
「そうですか、ではまたの機会にぜひお願いしますね」
 店員さんは、特に気を悪くする様子もなく、「レジはあちらです」と手で指し示してから、私たちから離れていった。
 私は孝宏君に一言、言ってから、再び試着室へ入る。



 そして、レジにて二着の水着を購入し、私たちは店を出た。


 
 外に出ると、いっそう暑く感じられた。
 また気温が上がったのかな。
 試着したあたりから、ずっと孝宏君は言葉少なだったけど、歩き出そうとしたとき、ポツリと言った。
「さっきは……ごめん」
「え? 何がですか? 二つも買ってもらっちゃって、感謝してますよ」
 孝宏君に謝ってもらうようなことは、何もされてないはず。
 むしろ、買ってもらったこと、一緒に来てもらったことに対して、感謝の気持ちでいっぱいだった。
「その……恋人同士みたいに思われてて……嫌じゃなかった?」
「ぜ、全然!」
 思わず声が上ずってしまう。
 その言葉のあと、「むしろ、すごく嬉しいですよ。本当に恋人になりたいです」と続けたかったし、それが本音なんだけど……グッと言葉を飲み込んだ。
 そんなこと、言えるはずがない。
「そ、そっか……よかった。嫌な気持ちにさせてなくて」
 孝宏君はすごく気にしてくれてるみたい。
「孝宏君こそ、嫌な気持ちじゃなかったですか? その……美麗さんじゃなく、私なんかと、そういう風に見られてしまって……」
「ううん、そんなことないよ!」
 今度は孝宏君が慌ててる様子だ。
 しばしの沈黙が流れたけど、話を変えるように孝宏君が言った。
「じゃ、じゃあ……プールに行こっか。駅はあっちなんだ。ついてきてね」
「うん、案内よろしくお願いします」
 寒蝉駅へはすでに一人で行ったことがあるわけだけど、私は方向音痴らしく、道順に確信を持ててなかったので、そう言った。
 ふと空を見上げると、爽やかな夏の青空が広がっていた。
 気のせいかな、さっきよりもさらに暑い気がする。

 そして、私たちはゆっくりと歩き出した。