舗装されていないゴツゴツした道を、孝宏君と一緒に歩いていくと、急に視界が開けた。
目の前にやや小さめの可愛らしい橋が現れる。
その下に流れている川も、幅が狭くて浅そうだ。
さっき聞こえていた水の音は、この川のものだったみたい。
そのとき―――。
頭が少しズキッと痛んで、私は軽くうめいた。
「どうしたの?!」
心配して孝宏君は振り向いてくれる。
「あ、いえ、大丈夫です。すみません、少し頭が痛くなって……」
「大丈夫?」
頭が痛くなった瞬間、はっきり確信したことがあった。
間違いない………私、この橋を知っている。
それは確信できるのに、なぜだろう……橋の名前は思い出せない。
でも、見たことがあるのは確実だと思う。
そのことをすぐに孝宏君にも伝えた。
「うん、そうであっても不思議はないね。寒蝉神社へ行くためには、今歩いているこの道か、あるいは反対側へと伸びる道か、どちらかを通るしかないんだ。そして、佐那ちゃんの倒れていた位置から考えると、佐那ちゃんはこちら側を通ったことはほぼ間違いないと思うからね。こちらの道を通るっていうことは、途中に分かれ道もないから、きっとそこにある「恋架(こいか)け橋(ばし)」も通ったに違いないよ。だから、見覚えがあってもおかしくないはず。ここから先も、できれば景色に注意していてくれるかな? 見覚えがあるかどうかということ、それが大事な手がかりになってくるかもしれないからね」
「はい、わかりました」
あの橋、恋架け橋っていうんだ。
何だかロマンチックな名前だなぁ。
ズキッ。
また頭が痛む。
なんだろう……。
私はこの橋を確実に知っているはず……それなのにはっきり思い出せないもどかしさ。
不意に右手に持っている絵馬が気になった。
七月七日。
頭はズキズキするのに、大事なことは少しも思い出せない。
記憶を探ろうとするけど、頭の中は濃い霧が立ち込めているような状態だ。
そして理由は分からないけど…………何だか………怖い。
七月七日という日付を見ていると、どうしようもなく不安な気分になった。
この日付に何かあるのかな?
七夕の日付に、不吉な連想など似つかわしくないのに。
「つらいみたいだね。少し休もう」
私の様子を静かに見守ってくれていた孝宏君が静かに声をかけてくれた。
やっぱり、優しくて思いやりのある人なんだなぁ……。
私たちはゆっくりと、橋のそばの草地に腰を下ろした。
「あまり無理しないでね。焦る必要はないよ。何か些細なきっかけで、記憶が自然と戻ることもあるかもしれないからね」
私を落ち着かせるように言ってくれる孝宏君の声は、低くて穏やかだった。
「ありがとう」
「ううん、僕は何もできていないよ。でも、少しでも力になれたらいいな」
見ず知らずの私に対して、ここまで気遣ってくれるなんて、本当に優しい人だと思う。
私は思わず、不安に感じたことを孝宏君に全て打ち明けた。
「七夕の日付だね。今日が七月一日だから六日後かぁ……。どうして、佐那ちゃんはその日付を書いたんだろうね……」
孝宏君は真剣な表情で、考えてくれているようだ。
そんな表情もすごくかっこよくて、絵になる感じだった。
それにしても……本当にいったい、何の日付なんだろう。
そして、七月七日の日付を見るたびに襲い来る、この嫌な胸騒ぎは何なのだろうか……。
「この日付を見るたびに、胸がざわざわするんです。妙な不安感というか……。記憶を失くして不安になってる部分ももちろんあるんですけど、それだけじゃなくて……」
「あ、そういえば……!」
何かを思いついたような様子で、孝宏君が言った。
「七月七日、恋架け橋といえば……古くから伝わる伝説があるんだ」
「伝説?」
「うん。伝説というか、言い伝えというか……そんな感じのものがね。なんでも、『七夕の夜、この橋の上で愛を誓い合った二人は永遠に結ばれる』とか『七夕の夜にここで告白すれば、恋が実る』とかそんな感じの話らしいね。伝説ということで、何か根拠があることなのかどうかは分からないから、信じるか信じないかは人それぞれだと思うけどね」
「『恋架け橋』っていう名前もロマンチックだけど、その伝説もすごくロマンチックですね。私の持っている絵馬にも七夕の日付がありますが、これとも関係があるのかもしれませんよね」
「うんうん。七夕まであと五日ぐらいだしね。もしその絵馬が佐那ちゃんの持ち物だとすると、記憶を失う前の佐那ちゃんが、どういう意図で七夕の日付をそこに記したのか、非常に気になるね」
七夕の日付が話題に上るたびに、私の頭はズキンと痛んだ。
そして言いようもなく不安な気持ちも再び襲い掛かる。
「不安になる気持ちは自然だと思うんだけど、あまり考えすぎないようにね。いい加減なことはあまり言いたくないけど、でも、きっといつか記憶は戻ると僕は信じてるから。交番のお巡りさんがひょっとしたら何か情報をくれるかもしれないし。難しいとは思うけど、出来る限り気楽に、ね」
私の不安そうな様子に気づいたのか、孝宏君が言ってくれる。
孝宏君に励まされ、私はかなり勇気をもらえた。
「ありがとう、もう大丈夫。交番までの案内、よろしくお願いします」
私は立ち上がって言った。
目の前にやや小さめの可愛らしい橋が現れる。
その下に流れている川も、幅が狭くて浅そうだ。
さっき聞こえていた水の音は、この川のものだったみたい。
そのとき―――。
頭が少しズキッと痛んで、私は軽くうめいた。
「どうしたの?!」
心配して孝宏君は振り向いてくれる。
「あ、いえ、大丈夫です。すみません、少し頭が痛くなって……」
「大丈夫?」
頭が痛くなった瞬間、はっきり確信したことがあった。
間違いない………私、この橋を知っている。
それは確信できるのに、なぜだろう……橋の名前は思い出せない。
でも、見たことがあるのは確実だと思う。
そのことをすぐに孝宏君にも伝えた。
「うん、そうであっても不思議はないね。寒蝉神社へ行くためには、今歩いているこの道か、あるいは反対側へと伸びる道か、どちらかを通るしかないんだ。そして、佐那ちゃんの倒れていた位置から考えると、佐那ちゃんはこちら側を通ったことはほぼ間違いないと思うからね。こちらの道を通るっていうことは、途中に分かれ道もないから、きっとそこにある「恋架(こいか)け橋(ばし)」も通ったに違いないよ。だから、見覚えがあってもおかしくないはず。ここから先も、できれば景色に注意していてくれるかな? 見覚えがあるかどうかということ、それが大事な手がかりになってくるかもしれないからね」
「はい、わかりました」
あの橋、恋架け橋っていうんだ。
何だかロマンチックな名前だなぁ。
ズキッ。
また頭が痛む。
なんだろう……。
私はこの橋を確実に知っているはず……それなのにはっきり思い出せないもどかしさ。
不意に右手に持っている絵馬が気になった。
七月七日。
頭はズキズキするのに、大事なことは少しも思い出せない。
記憶を探ろうとするけど、頭の中は濃い霧が立ち込めているような状態だ。
そして理由は分からないけど…………何だか………怖い。
七月七日という日付を見ていると、どうしようもなく不安な気分になった。
この日付に何かあるのかな?
七夕の日付に、不吉な連想など似つかわしくないのに。
「つらいみたいだね。少し休もう」
私の様子を静かに見守ってくれていた孝宏君が静かに声をかけてくれた。
やっぱり、優しくて思いやりのある人なんだなぁ……。
私たちはゆっくりと、橋のそばの草地に腰を下ろした。
「あまり無理しないでね。焦る必要はないよ。何か些細なきっかけで、記憶が自然と戻ることもあるかもしれないからね」
私を落ち着かせるように言ってくれる孝宏君の声は、低くて穏やかだった。
「ありがとう」
「ううん、僕は何もできていないよ。でも、少しでも力になれたらいいな」
見ず知らずの私に対して、ここまで気遣ってくれるなんて、本当に優しい人だと思う。
私は思わず、不安に感じたことを孝宏君に全て打ち明けた。
「七夕の日付だね。今日が七月一日だから六日後かぁ……。どうして、佐那ちゃんはその日付を書いたんだろうね……」
孝宏君は真剣な表情で、考えてくれているようだ。
そんな表情もすごくかっこよくて、絵になる感じだった。
それにしても……本当にいったい、何の日付なんだろう。
そして、七月七日の日付を見るたびに襲い来る、この嫌な胸騒ぎは何なのだろうか……。
「この日付を見るたびに、胸がざわざわするんです。妙な不安感というか……。記憶を失くして不安になってる部分ももちろんあるんですけど、それだけじゃなくて……」
「あ、そういえば……!」
何かを思いついたような様子で、孝宏君が言った。
「七月七日、恋架け橋といえば……古くから伝わる伝説があるんだ」
「伝説?」
「うん。伝説というか、言い伝えというか……そんな感じのものがね。なんでも、『七夕の夜、この橋の上で愛を誓い合った二人は永遠に結ばれる』とか『七夕の夜にここで告白すれば、恋が実る』とかそんな感じの話らしいね。伝説ということで、何か根拠があることなのかどうかは分からないから、信じるか信じないかは人それぞれだと思うけどね」
「『恋架け橋』っていう名前もロマンチックだけど、その伝説もすごくロマンチックですね。私の持っている絵馬にも七夕の日付がありますが、これとも関係があるのかもしれませんよね」
「うんうん。七夕まであと五日ぐらいだしね。もしその絵馬が佐那ちゃんの持ち物だとすると、記憶を失う前の佐那ちゃんが、どういう意図で七夕の日付をそこに記したのか、非常に気になるね」
七夕の日付が話題に上るたびに、私の頭はズキンと痛んだ。
そして言いようもなく不安な気持ちも再び襲い掛かる。
「不安になる気持ちは自然だと思うんだけど、あまり考えすぎないようにね。いい加減なことはあまり言いたくないけど、でも、きっといつか記憶は戻ると僕は信じてるから。交番のお巡りさんがひょっとしたら何か情報をくれるかもしれないし。難しいとは思うけど、出来る限り気楽に、ね」
私の不安そうな様子に気づいたのか、孝宏君が言ってくれる。
孝宏君に励まされ、私はかなり勇気をもらえた。
「ありがとう、もう大丈夫。交番までの案内、よろしくお願いします」
私は立ち上がって言った。