「お、射的だ! 俺の名誉挽回のチャンスが、早くもやってきたようだな」
 射的のお店を見つけた智君は、不敵な笑いを見せる。
「楽しみにしてるよ」
 笑顔で言葉を返す孝宏君。
「智君は射的が得意なのですか?」
「いや、初めて」
 私の質問に即答する智君。
「じゃあ、その自信はどこから来てるんでしょ」
 美麗さんも笑って言った。
「まぁ、見てろって」
 みんなにそう言って、真剣なまなざしになった智君は、景品めがけて銃をかまえ、狙いを定めた。
 どうやら弾は三発撃つことができ、落とした景品は全部もらえるようだ。
 でも、周りの人たちが挑戦するのを見ていると、けっこう難しいらしく、全部外した人たちもいた。



「よっし、ゲット!」
 ラストの三発目でゾウのぬいぐるみを撃ち落した智君は、満足げに言った。
「すごい! おめでとうございます」
「さすがは御木本君ですわね」
「智、やるな」
 みんな、口々に智君を褒めたので、智君はいっそう得意げな表情になった。
「じゃあ、これを佐那姫に」
 智君はそう言って、私にそのぬいぐるみを渡してくれた。
「えっ! いいんですか?」
 なんだか、もらってばかりな気が。
 それにいつの間に「姫」に……。

「いいっていいって、もらっておいてよ」
 智君がぬいぐるみを私の手に押し付けて言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
「あ、ありがとう。もらってばかりでごめんね」
「気にするなってば」
 智君は笑顔で言ってくれた。

「じゃあ、今度は僕が」
 そう言って、銃をかまえる孝宏君。
 真剣な横顔にドキッとした。
 孝宏君は一発目でクマのぬいぐるみを、三発目で花火セットを撃ち落した。
「きゃー! すごい!」
 私はテンションが上がって、ぴょんぴょん飛び跳ねてしまった。
 かっこよすぎ!
「また、いいところを持っていきやがって~! 俺の見せ場を全て潰す気か!」
 おどけつつ、口を尖らせる智君に、孝宏君は苦笑いしていた。

「はい、九十九さん、これを」
 孝宏君はそう言って、美麗さんにぬいぐるみを渡した。
 いいなぁ……。

「まぁ、ありがとうございます!」
 満面の笑みを浮かべる美麗さん。
「こっちは佐那ちゃんに」
「えっ!」
 もらえると思ってなかったので、かなりびっくり。
「でも、それじゃ、孝宏君自身の景品がなくなってしまうのでは……」
 申し訳なく思って、私は言った。
「ううん、気にしないでね。その花火、帰って一緒にしようよ。それで僕も満足」
「あ、ありがとう……」
 孝宏君と一緒に花火……。
 私は嬉しくて嬉しくて、言葉が出ないほどだった。
 なんて優しいんだろう。

「それじゃ、次は私が」
 そう言って美麗さんが、銃をかまえた。
 しかし、二発立て続けに外れてしまった。
「神楽坂君、お上手でしたでしょ。教えてくださいな」
 美麗さんは三発目を撃つ前に、孝宏君に声をかけた。
「え、いや、その……さっきのは運もよかったですし、毎度うまくいくとは限りませんよ」
「それでもよくってよ。私一人でやっていては、当たりそうにないんですもの」
 孝宏君は銃をかまえて、美麗さんが狙っている小物入れ目がけて照準を合わせた。
 美麗さんは孝宏君のすぐそばで、かがみながら顔を近づけている。
 急接近……。
 美麗さんがうらやましいなぁ。
 私は、かなり美麗さんに嫉妬しはじめていた。

「このまま、撃ってみてくれませんか。外れたらごめんなさい」
 そう言って銃から離れた孝宏君は、すぐそばに美麗さんが顔を寄せていることに気づいて、驚いたようだった。
 孝宏君は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。
 美麗さんは、ゆっくり銃をかまえると……弾を放つ。
 しかし、軽くかすめたものの、惜しくも撃ち落すまでには至らなかった。
「残念でしたが、神楽坂君のおかげで惜しいとこまでいけましたわね。ありがとうございます」
「いえいえ、上手くいかずに申し訳ない」
 孝宏君はすごく残念そうだった。

「じゃあ、次は佐那ちゃんの番だね」
 智君の言葉に、私は「ええっ?!」と言って驚いた。
「だって、俺、孝宏、九十九さんと順番にやってきて、佐那ちゃんだけパスっておかしいでしょ」
「佐那さんがお嫌でしたら、無理にさせるのはよくなくてよ。そろそろ移動してもいいんじゃないでしょうか」
 美麗さんが言う。
 しかし、智君は譲らない。
「俺が手伝うからさ。さあさあ、早く早く」
 智君はもうお金を払って、銃のそばにいる。
 勢いに押されて、私も挑戦する流れになってしまっていた。

 さっき孝宏君がやってたみたく、銃の向きを調整してくれる智君。
 智君と私が狙うのは、美麗さんも挑戦していたあの小物入れだ。
「これで撃ってみてよ。と言っても、孝宏ほど結果が出なかった俺の言うことなんか、信用ならないかな」
「いえ、そんなこと……。それじゃ、やってみますね」
 しかし、外してしまった。
「やっぱダメなのかよ~。もう一度チャンスを! 今度こそ」
 智君はそう言ってまた銃の位置を再度調整してくれた。
 でも、そのまま撃ったものの、またしても僅かに外れてしまう。
 すっごく惜しいところまでは、いってると思うんだけどな……。

 本心を言えば、最後だけでも孝宏君に調整してもらいたかったけど、そんなことは智君に失礼だし、私からは言えるはずもなかった。
「じゃあ、僕にもリベンジのチャンスをぜひ。智、僕に合わさせてくれないか?」
 思いがけず、孝宏君が私の望んでいたことを言ってくれたので、私はびっくりした。
 まるで、心の中が読まれちゃったみたい。
「うわ、また俺が引き立て役に成り下がりかねない展開に。ダメだ、ダメだ」
「智はもうすでに二回やっただろ。僕はさっき一回だけだったから、公平にお願いするよ」
「ちぇっ、わかったよ」
 しぶしぶ場所を譲る智君。
 孝宏君は「ありがとう」と智君に言ってから、銃の向き調整を始めた。
 さっき美麗さんがここで、孝宏君に急接近していたことを思い出し、勇気を振り絞って私も接近してみた。
 大胆すぎるかな……。
 すっごくドキドキする。
 身体が震えを抑えきれなかったから、智君や美麗さんに怪しまれないか心配だった。
 孝宏君のかっこいい顔が、目と鼻の先に……。
 ドキドキが止まらなかった。

「ちょっと、佐那さん、神楽坂君に近づきすぎじゃなくって?」
 美麗さんに鋭く指摘されて、慌てて孝宏君から離れた。
 ちょっと驚いた様子を見せて、孝宏君も私のほうを向く。
 でも……美麗さんだって、さっき同じようなことを……。
 私は抗議したいのをぐっとこらえて、「ごめんなさい、つい」と言った。

「まぁまぁ、佐那ちゃんも孝宏も、最後の一発に集中しているわけだから。多少はしょうがないでしょ。気にしない気にしない」
 智君がフォローしてくれた。
 孝宏君はまた顔を赤くしている。
 多分、私の顔も赤いはず。
「御木本君、どういうおつもりかしら。約束とちが……」
 美麗さんの声色がいつもと違い、怒りで震えているようだったので、全員がそちらを見た。
「約束って?」
 私が疑問に思ったことを、孝宏君が代わりに聞いてくれた。
「な、なんでもない! こっちの話! 美麗ちゃん、この埋め合わせはするって、すまんすまん」
「そ、それなら、もうよくってよ」
 少し焦った様子の智君がなだめると、美麗さんはすぐに納得したようだった。
 何の話なんだろう……。

「気を取り直して、最後の一発、頼んだぞ!」
 孝宏君と私のほうに向き直った智君が言う。
 私は再び集中力を高めて、景品と銃を注視する。 

 再び集中して、銃を調整してくれていた孝宏君が銃から離れた。
「これでどうかな。失敗だったらごめんね」
「いえいえ、その……ありがとう」
 お礼を言って、私は銃のそばに行く。
 この一発……何としても決めたい……!
 孝宏君が調整してくれたんだもん……。
 私は銃を握ると、祈りながら撃った。

 すると、弾は小物入れに命中し、ゲットすることが出来た!
「やった! 孝宏君、やったよ! ありがとうね!」
「よかった!」
 お店のおじさんから小物入れを受け取った私は、孝宏君と喜び合った。
 この小物入れ、もう私の宝物だ……。
 私は、それをきつく胸に抱きしめた。

「くっそ~。またおいしいところを孝宏が持っていってるじゃないか!」
 半分笑いながら、悔しそうに智君が言った。
「そんなつもりはなかったけど、ごめん」
 素直に謝る孝宏君。
「あら、あちらにたこ焼きのお店がありますわよ。行ってみませんか?」
 美麗さんが、遠くを見ながら言った。
 今も私を見る視線に、とげとげしさを感じた。
 あの小物入れを私が取ったのも、気に入らなかったみたい……。

「あの……九十九さん、ごめんなさい。私が小物入れを取ってしまって」
「あら、気にしなくてもよくってよ」
 意外にも、自然な口調で美麗さんが言った。
 あれ?
 それほど、嫌われていないのかな。
 私の自意識過剰だったのかも。

 じゃあ、なんで時々、あんな目で私を見るんだろう。
 よく分かんない。



 それから私たちは、たこ焼きやりんご飴、水風船などを買い、夏祭りを後にすることにした。
 たこ焼きは、おばあさんへのお土産の分も、孝宏君が買ってくれた。
 美麗さんの冷たい視線は時々感じて怖かったけど、でも色々と楽しめたから大満足。
 孝宏君から小物入れと花火を、智君から金魚とぬいぐるみを、それぞれもらっちゃったし。
 すでにあたりは、すっかり暗くなっていた。
 虫の声がにぎやかさを増している。