日曜日、尚斗には私用があると言ったものの、休日はクーラーをガンガンにかけ梅酒とつまみを片手にDVD鑑賞するのが夏の通例となっていた。しかし、尚斗から誘われた食事デートと大輔からの真剣な告白の衝撃は相当なもので、映画を見ていても内容が全然頭に入ってこない。
 仕事においてもその影響は如実に現れており、昨日は有り得ないようなミスをしてしまいお局軍団から嫌味を言われた。その嫌味すら自分に注がれる大輔の視線の影響で右から左へと抜け、意識のほとんどが大輔へと向かってしまう。普段通りにしているつもりだが、視線が合うとつい避けてしまい、その度に自己嫌悪に陥り変に意識している自分が腹立たしくなる。
 一方、大輔の方は気を遣ってくれているのか、口説いてくるということもなく普段となんら変わらない様子で接してくれている。さりとて、側にいることには変わりはなく、穏やかな表情を向けられると平静では居られない。つい数日前まで彼氏も居なければ男友達もいなかった咲ではこの状況を上手に処理できるわけもなく、短パンノーブラTシャツ姿のまま部屋でゴロゴロする。
(一昨日からいろいろありすぎて自分のキャパを完全にオーバーしてる。どうしていいのか本当に分らない……)
 茜に『このままでは憤死する』とだけメールし、正午を回った頃には渋々と言った感じで咲の部屋に現れる。
「おお~、心の友よ、良く来てたもうて」
「そりゃ死ぬまで言われたら来るわ。て言うか、アタシの前だからってノーブラでいいわけ?」
「ノーパン全裸よかマシでしょ? だいたいブラなんて男に見せてなんぼよ。分かる?」
「はいはい分かる分かる、それはもういいから。状況説明してみ」
 知ってかったる食器棚から自分のコップを出し、梅酒を注ぎながら茜は話に耳を傾ける。昨日の電話で教えた点を再度細かく話し、次いで食事デートを断ったと語る。その時点で茜はダメ出しするが、時間を置いて冷静に判断することと、テーブルマナーを予習しておく点を説明し納得もされた。次に大輔から真剣な告白をされたと告げると、茜は目を輝かして問い詰めてくる。
「おお、やっぱり小林君は咲に惚れてたか。で、どう返答した?」
「好きな人がいるからって断った。私の判断間違ってた?」
「う~ん、実際咲は伊勢谷君が好きで伊勢谷君もまんざらでもない様子だし、それで良かったんじゃない?」
「でも、小林を傷つけてしまったし、それでも私のこと諦めてないし、毎日会うし、案外いいヤツだなって……」
「えっ!? 咲、もしかして小林君のことも好きになってる?」
「そ、そういうんじゃない! ただ、なんか可哀想というか気になるというか、うん、上手く言えないんだけど」
「あらら、こりゃ予想外な展開だわ。咲が二人の男を手玉に取ろうとしているとは」
「人聞き悪いわね、なんでそうなるかな。小林と伊勢谷君なら百人中百三人は伊勢谷君選ぶって」
「なら悩む必要ないじゃない。伊勢谷君とデートして相性を確かめ合えばいいだけよ」
「でも小林とは毎日会うんだけど?」
「それはそれよ。一同僚して向き合えばいいじゃない」
「いや~、それができないから困ってるんだわ。意識して目を合わせられない感じ」
「恋愛耐性のない咲らしいわ。分かった、じゃあこうしよう。来週伊勢谷君と食事デートする。それと同時に小林君ともデートしてみる。実際に話してみて良い方と付き合う、どうよ?」
「仮にそれで伊勢谷君と付き合うってなったあと、店内で小林とどんな顔して接すればいいわけ?」
「オマエなんて最初から遊びで眼中にないんだよ、けっ! みたいな感じでいかがでしょう?」
「却下です。店ではそんなキャラじゃないんで」
「猫被ってるな~、まあ私も職場では同じような感じだけど。でもさ、恋愛ってそういうもんだよ? いろいろ試行錯誤して、考え悩んで喜んで泣いて、そこから良い関係とか立ち回りとかを知って成長するもんだし。咲はその経験が少な過ぎるんだよ。この際だから言うけど、私だけじゃなくもっと他人にも心開いた方がいい。特に男にね」
 説教まじりな茜の言葉に咲はぐうの音も出ない。事実、あけすけに何でも話せるのは茜のみで、親友と言える人間もいない。男性と話せると言ってもずっと歳の離れた年配の社員が関の山で、尚斗や大輔といった異性として意識できる相手となると途端に臆病になってしまう。学生の頃に密かに想っていた恋も、一言の会話もなく終焉を迎えており、自分が変わらないと現状を打破できないことはよく分かっていた。
 しかし、幼稚園のとき好きになっていた男の子から『おとこおんな』と揶揄されて以降、恋に対してどうしても一歩踏み出せなくなった。当時のトラウマを今も引きずっているということもないが、多少の足かせになっていることは否めない。
 尚斗と大輔の二人と付き合ってみるという茜に案に、納得できる部分があると理解しつつ、決断する一歩目の踏ん切りが付かない。じっと考えていると、携帯電話が鳴り目配せしてから通話ボタンを押す。表示された名称が店の名前だったこともあり、気を引き締めて対応する。そして、お局軍団の中でも武将と位置付けている竹中景子(たけなかけいこ)から放たれた「小林君が大怪我をした」という言葉に咲は顔色を変えた。