『もしもし、昼間お話しした伊勢谷ですが、今お電話大丈夫でしょうか?』
「は、はい、大丈夫です」
 チラっと大輔を見ると会話を聞かれないように少し距離を置く。
『今日はいきなりの事でビックリしました。でも、早川さんのようなお綺麗な方から声をかけて貰えて嬉しかったです』
(うわ~、こっちからも褒め殺し。どうなってんだコレ? これが世に噂されるモテ期というヤツ!?)
 大輔との件もあり戸惑いっぱなしの胸中だが、どうにか返答をしぼり出す。
「こちらこそ突然の申し出で驚かせてしまい、大変失礼致しました。お電話頂き本当に嬉しいです」
『いえ、僕もお近づきとなれて光栄ですよ』
(うう……、嬉しいこと言ってくれる。これがリア充パワーか。これは平静を装うのでやっとだぞ)
 返答に詰まっていると尚斗から攻めの提案がなされる。
『もし今度お時間があればお食事に参りませんか? 僕も早川さんをもっと知りたいので』
(いきなりデート! 食事デート!? ヤバイ! いろいろとマズイぞ、私マナーとかてんでダメだし。でも会いたいし話したいし、小林ずっとこっち見てるし。どうすればー!)
 思い悩んだ末、無難に保留を選択する。
「お食事のお誘いありがとうございます。すみませんが今週末は私用が立て込んでおりまして、もし宜しければまた来週お願いしても宜しいでしょうか?」
『ええ、僕の方はいつでも大丈夫です。ではまた来週辺りにご連絡入れます。突然のお電話失礼しました』
 丁寧ながら終始緊張感張り詰める通話となり、電源ボタンを押すと溜息が出てしまう。横目で大輔を見ると自転車のハンドルを握ったままじっと見つめている。
「あの、ごめん。お待たせ」
「いえいえ、それでお返事は?」
(あっ、そっか、こっちも告白の返事待ちだったんだ。好いてくれている想いは嬉しいけど、伊勢谷君と小林を天秤にかけても釣り合う訳もなく結果は出てる。ここはちゃんと断るべきか……)
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど。私、好きな人いるから」
 大輔はショックを受けたようで、肩を落としその場でうなだれる。
(うう……、人を振るのって結構気を遣うし辛いものがあるな。全く面識の相手ならまだしも、部下で出来の悪い弟みたいなところもあったし)
 居心地悪そうに見ていると大輔が顔を上げすぐそばまで寄ってくる。
(な、なんだ、なんだ!?)
「早川さん!」
「は、はい」
「今はまだ彼氏いないんですよね?」
「ええ」
「分かりました。じゃあ僕は早川さんが振られるのをずっと待ってます」
「ちょっと、何シレっと縁起の悪いこと言ってんのよ。ここは『早川さんが幸せになることを祈ってます』みたいなこと言って身を引くのがカッコいいんじゃない?」
「いえ、そんなカッコ悪いこと言えませんよ」
「はぁ? なんで?」
「だって『自分の惚れた女を幸せにするのはこの世で自分しかいない』それくらいの想いがないと、本当にその人を好きだなんて恥ずかしくて言えない。だから簡単に諦めるような想いは本物じゃない。ずっと想い続けることこそが本物の好きって気持ちだと思う」
 大輔の外見からとは思えない台詞が飛び出し、咲は面を喰らい呆然としてしまう。咲の中では大輔は女性と目を合わせることもできず、挙動不審で告白したとしてもどもってしまう、恋愛スキルの全くないオタクのイメージしかない。
 告白されたこと自体が事件な上、大輔から投げ掛けられた恋愛論に返す言葉も見つからずその場で固まってしまう。陽も陰り帰路につくサラリーマンや学生が歩道の横を通り過ぎる中、咲と大輔は向かい合ったまま動かない。はた目から見ると恋人同士の痴話喧嘩か、はたまたナンパの類いに見られているのだろうか。咲はどう切り返すべきか思案する。
(伊勢谷君の場合は電話だったしまだ良かったけど、小林の場合は面と向かってだし明日も普通に会って仕事する仲だ。変な返答ができない、どうしよう……)
 真剣に困った表情を見て悟ったのか大輔は頭を下げ口を開く。
「ごめんなさい、僕、早川さんを困らせてますよね。さっきは生意気なことを言いましたけど、早川さんを困らせたり不幸にしたいなんて思ってないです。無論、早川さんには幸せになって貰いたいです。そのお相手が早川さんの選んだ方ならそれはそれで仕方のないことですし。まあ、願わくばその相手が僕だったら嬉しいってだけなんで」
「小林君……」
「忙しいのに長々と引き止めてしまってすみませんでした。じゃあ、僕帰りますね。お疲れ様でした!」
 咲の返答も聞かず大輔は自転車にまたがると颯爽と走り去ってしまう。歩道に残され立ち尽くす咲はその後ろ姿に、今まで感じた事のない胸の高鳴りを覚えていた。