「何なの? あの野生児? 意味分らないし。私という避雷針にバンバントラブル落として来るし。ホントムカつくわ」
 居酒屋でビールのジョッキを傾けながら咲はいつのもように茜に愚痴のオンパレードを披露する。通常の愚痴ならばメールや電話で事足りるが、許容限度をオーバーした場合は居酒屋での酒宴となっていた。
「仕事はできないイケメンではない、伊勢谷君も来ない。全部あいつのせいだ!」
「そうだね~、はいはい」
 冷奴をつつき駄々っ子をなだめるかのように茜は扱う。
「しかも数日前は私の下着までちゃっかり見やがって。乙女心がハートブレイクよ!」
「そうね~」
「って、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。パンツ見られて嬉しかったんでしょ?」
「しばくぞ」
「まあいいじゃない。彼氏のいない現状、アンタの下着を見てくれる男性なんて皆無な訳だし。見たくもない下着姿をしょっちゅう見せられてる私にとっては喜ばしいことよ」
「そういう問題じゃない」
「そのなんだっけ、小林大輔君? 実はアンタに気があるんじゃないの? 仕事のトラブルによる構ってちゃんは好意の裏返し、ってね」
「はっ、ありえんわ。私には超絶イケメンの伊勢谷君がいるんだから」
「その伊勢谷君も初顔合わせからそろそろ一週間でしょ? もう来ないんじゃない?」
「来なかったら会社を訴える」
「だから架空会社だってば。それにその伊勢谷君が本当に作成キットで作られた人間かどうかもまだ検証段階。展開はそれにもよるでしょ?」
「まあそうなんだけど、ここ一週間、伊勢谷君からいつ口説かれてもいいように準備万端にして新しい下着まで買ったのに、それを最初に見られたのがオタクって点がショックなのよ」
「ほうほう、何か女子らしいことしてるじゃないの。これは良い傾向ね」
「茜はいいよね。優しい彼がいて、安定の公務員ときてる。リア充は爆発すればいいのに」
「夜は二人で爆発してますが何か?」
「くっ、やぶ蛇だったか……、それにしてもホント出会いってないもんだね。作成キットに書かれてあったことって真理かもな~って思う」
「まあ、的を射てる部分もあったけど、あれが全てとも思わないかな。恋愛って理論じゃないから。ましてデータでどうこうできるとも思えない」
「茜は作成キット否定派?」
「いや、どんな形の出会いであれ、二人が幸せなら全然OKだと思う。それこそ人の数だけ恋の仕方も愛し方もあると思ってるし。ただ、一方的っていうのかな。あのキットみたいに自分の思うがまま操作するよな恋愛はちょっと違う気はする。あくまで一意見だから、伊勢谷君を否定するつもりはないからね?」
 茜の意見を聞いて咲は思い悩む。一見あっけらかんとしている咲だが、本当は繊細で物事に対していつも真剣に向き合っており、その純真さが良いとこであり茜も理解している。
「ちょっと言い過ぎたね。単純に咲が良いと思えば伊勢谷君と付き合えばいい。付き合わないと分らないことって多いし。出会いが作成キットでも、咲が幸せなら私は応援するし祝福するよ」
「茜……、アンタ、ホントいいヤツだね」
「ここ、咲の奢りね?」
「うん、前言撤回」
 文句を言い合いながらもストレスは解消され、咲は晴れ晴れとした気持ちで帰宅の途につく。

 翌日、土曜日ということもあり、レジも売り場も大混雑し修羅場と化している。普段は動きの鈍いお局軍団もテキパキと動いており、こういう修羅場を共にするときは大変心強い。
 一方で、働き始めて一週間程度の大輔は未だ戦力にはなり難く、咲の足を引っ張る場面もあって多忙に輪をかけイライラしてしまう。病み上がりなことを差し引いてもストレスの溜まる要素には変わりないのだ。バックヤードから商品を台車で運び補充をしていると、大輔が一人の客を引き連れてやってくる。
「すみません早川さん、お客さんの探している品が分らないんですが……」
 勉強不足な大輔に内心イラッとするが客の手前笑顔を作り立ち上がる。そして、大輔の背後にいた背の高い男性を見た瞬間、咲の胸の鼓動は早くなり、このタイミングを絶対に逃してはいけないと心に誓った。