「伊勢谷君、来たんだけど」
 茜が絨毯に座るなり咲は核心を切り出す。茜は一瞬膠着してから身を乗り出す。
「マジ?」
「大マジ」
「イケメン?」
「モロタイプ」
「オイオイ、まさかあの作成キット本物?」
「みたいだね。どうやら信長公に次いで私の時代が来たみたい」
「例え古いな。でさ、相手から熱烈アプローチでもあった?」
 口ごもる咲を見て茜は察しため息交じりに切り出す。
「アホウか。相手はアンタが作った彼氏だろ? 告白即OKに決まってるだろうが?」
「いや~、本人を目の前にすると上手く話せないのはJ-POPの歌詞では至極当然ですよ?」
「んなことどーでもいいわ。まさか話してないの?」
「う、うん、サービスカウンターの場所聞かれただけ。名前も不明」
 その台詞におでこを押さえて茜は嘆く。咲もその点は理解しており、自分のヘタレ具合に凹んでいた。
「ちょいとお聞きしたいんですけど、お姉さん。貴女、彼氏作る気あるの?」
「はい、それなりに」
「甘い。それなりにとか言ってるから二十七年も彼氏できないんだよ! もっとガツガツ行け! 危機感持て!」
「そうは言ってもほら、タイミングって大事じゃない? 昔ビビアン・スーもそう言ってたし」
「J-POPからいい加減離れろ! ホントに作る気あんのか!」
「あるってば。ただ、今日はホントビックリして名前聞くどころじゃなかった。今度来店してたら連絡先を交換してみる」
「当然よ。きっと伊勢谷君も咲からのアプローチ待ちだろうしね」
 アプローチ待ちという単語を聞いて咲は急いでPCの電源を入れ、その姿に訝しがり茜も背後に来る。
「どした?」
「性格だよ。伊勢谷君の性格! 私の記憶違いでなければ確か大人しい性格の設定だったはず。だからこれを積極的に変える。これで伊勢谷君からアプローチしてくるかもしれないでしょ?」
「おお、ずる賢い!」
 茜の褒め言葉を背に伊勢谷尚斗のアバターから設定を開き性格の項目を変更する。ついでに他の項目もチェックし、好きなタイプの項目をお姉さんタイプに持っていく。さらに自分の設定も見直し、冗談で付けたキャメロン・ディアスという名前も早川咲に変更する。
 背後で「プッ」という含み笑いが聞こえるがスルーして設定をいじり続ける。設定終えるとOKをクリックしデータ送信中という表示がなされる。
「これで伊勢谷君は繁殖期の孔雀のごとく私にアプローチしてくるはず!」
「バサーって翼広げて?」
「そうそう、私はその胸に飛び込めば良いだけの簡単なお仕事です」
「そう上手くいくかね~?」
「いくでしょ? だって理想のカレシ作成キットと銘打って、幸せをお約束するとまで表記してあるんだよ? これでダメなら消費生活センターに訴え出る」
「まあ架空の会社なわけだがな。にしても、これって凄くない? 作成した人間がちゃんと現れたんだよ? とても地球の文明レベルに収まる所業とは思えない。似た人を探して派遣するっていうのならまだ分かるんだけど。その伊勢谷君、本当にクリソツだったんだよね?」
「クリソツどころかモロ本人だったね。コピーロボも真っ青」
「うん、そこまで似てるってことはやっぱりおかしい、というよりも怖いわ。よく考えてみてよ、咲の住所に直接送ってきてその会社は架空の会社。そして、咲のちょっとおかしな感性で作成した彼が現実に現れる。これって絶対裏に何かある」
「ちょっとおかしな感性って形容詞が引っかかるけど、まあ茜の意見ももっともだね。なんであんなに精巧な人間を作れたのか不思議だもん。コピーロボも真っ青」
「人間じゃないのかも。地球外生命体で、人間の造形を真似るタイプ」
「宇宙人だと仮定してなんのためにこんなことを? コピーロボも真っ青」
「さあね。月額基本料なんて設定してるくらいだから営利目的の可能性はあるかな。きっと宇宙人も物価の高い日本の生活に苦労してるのよ」
「なるほど、じゃあこの理想のカレシ作成キットはやっぱり本物で、コピーロボも真っ青?」
「現状そうかもね。私もこの目で見て確認しないと断言できないけど。とりあえず、伊勢谷君のフルネームを確認することがまず条件かな。私の考えた名前に咲が考えたパーツの伊勢谷君だったとしたら、これはもうガチよ」
「分かった。今度会ったら名前は絶対聞いておく」
 コピーロボのくだりを完全スルーされて咲はふてくされながらも茜の案に賛同した。

 翌朝、早目に出勤し制服に着替えダメモトでサービスカウンターに向かうと、伊勢谷を接客したであろう板野朋子(いたのともこ)と世間話をする。伊勢谷ほどのイケメンなら朋子も記憶しているだろうと踏んでのことだ。その話を振ると案の定覚えており、切手を数枚購入しただけで帰った行ったと語る。名前が残るような行動をしていたのならこの場で答えが出ていたが、そうそう上手い話はない。
 始業前にコーヒーを飲もうと自販機に向かうと、そこには寝癖激しい大輔が床にしゃがみ込みごそごそしている。その仕草と器量から自販機の下に硬貨を落としたことが容易に想像つく。
「ちょっとどいてくれるかしら?」
 不機嫌な声色で話し掛けると大輔はそのままの体制で咲を見上げる。てっきり立ち上がるであろうと思っていた咲は、大輔の視線がスカートの中に向けられたと悟り焦り裾を押さえる。
「ちょ、ちょっと! 何見てんのよ!」
「す、すいません。でもわざとじゃないです」
「当たり前だ! わざとだったら殺す」
「ほ、本当にすみません……」
 本当に悪いと思っているのか大輔はオロオロして挙動が不審になっている。
「まあいいわ。で、貴方何やってるの?」
「あっ、いえ、実はこの自販機の下に蛇らしき影が……」
 蛇という単語を聞いた瞬間、大輔の台詞を振り切り咲は脱兎のごときスピードでその場から遁走した。