三日後、公私共に変化のない日常を送り作成キットのことを忘れかけていた頃、職場に新人アルバイトが入店するという噂話をお局軍団より耳にした。この軍団の情報網は侮れず、ゴシップ系ジャンルにおいてはCIAやFBIをも凌駕する情報収集力を秘めている。当然ながら咲の脳裏には作成キットで作った伊勢谷君こと伊勢谷尚斗の画像が思い起こされ、内心ハラハラドキドキし仕事にも集中できない。
 咲の職場は地元に根差した中堅どころのスーパーとなっており、品出しや検品からレジ打ちと幅広い業務に携わっている。お局軍団のプレッシャーにより、精神的に弱く真面目な人間は長続きせず、図太く飄々とした咲のようなタイプが熾烈な生存競争を生き抜いていける。
(このタイミングで新人が入店って、あのキットの可能性が高い。もしあの説明が本当ならどうしよう。バイトの人は私目当てで入ってくるってことに。でも、お局軍団に遭ったらひとたまりもない。かと言って露骨にフォローもできないし。参ったな……)
 まだ見ぬ伊勢谷君のことを考えながら、広告の品であるポテトチップを通路に面したエンドに陳列していると店長の長谷川博(はせがわひろし)が咲のもとにやってくる。店長とは言っても所詮は雇われであるため、戦歴の長いお局軍団の力には歯が立たない。あまり頼りにならない長谷川の方を向くと、そのちょっと後ろには青年の姿が見える。
(まさか!)
「あの早川さん、今日からバイトに入った子なんだけど、いろいろ教えて貰っていいかな?」
 立ち上がり青年を見ると、そこには作成キットとは似ても似つかない別人がこちらを見ている。背は高いが黒髪で短髪という点以外に共通点はなく、厚い黒縁メガネで服装も秋葉系を意識しているのかシャツインでダサオーラ全開だ。呆然としていると長谷川に促されハッと我に返る。
「は、はい。もちろんです。大丈夫です」
「忙しいところ済まないね。小林君、挨拶して」
 小林と言われた青年は咲の目の前まで来ると寝癖のついた頭を下げる。
「はじめして、小林大輔(こばやしだいすけ)です。よろしくお願いします」
 覇気の無い挨拶を受けると長谷川はそそくさと去って行き、咲は少々戸惑いながらも小林に向き合う。
「えっと、小林君だっけ。私は早川、宜しく」
「あ、はい」
「じゃあまず、陳列について教えるから早速やってみようか」
 沢山あるポテトチップスの段ボールを上手く積み、その段ボールをカッターで細工しそこへ商品を陳列する。最初からできるとは思っていないが、想像を絶する不器用さで咲は辟易する。
(可愛いとかカッコいいとかならまだ許せるが、ダサメンで仕事もできないとか、罰ゲームに等しいわ)
 商品をボロボロと落とす大輔の背中を見ながら、きっと一週間で辞めるであろうと推測していた。

 帰宅後、茜に電話し仕事の愚痴と共に大輔の話をすると笑われる。茜もあの作成キットのことは気になっていたようで、独自に調査をしていた。しかし、手掛かりもなくORコーポレーション自体が架空の会社である可能性が高いと言った。マニュアルを送ってきた住所自体がでたらめであったことも考えると、やっぱり悪戯ではないかと締め通話を切る。
 PCを立ち上げ作成キットを起動し『続きから』をクリックすると、『作成中』から『待機中』に変わっており、バックグラウンドでなにかしらの処理がなされている可能性を示唆している。伊勢谷尚斗のステータス画面を見ると、とてもリアルなアバターが表示されており、改めて大輔とは全く違うと実感してしまう。
(このキットに期待しているわけでもないけど、どうせ出会うならやっぱりイイ男よね。小林とか論外すぎるわ)
 てんやわんやだった大輔の姿を思い出し笑いし、作成キットを閉じると戦場での疲れを取るべく風呂場へと向かった。

 翌日、夏風邪を引いたと告げ大きなマスクをした大輔が職場に現れる。咳込みながらも出勤する根性は買うものの物覚えの悪さは変わらずでイライラしていると、レジに行列が出来ていると応援連絡が入り咲は颯爽とレジへと向かう。
 待機パネルをどけ順番待ちの客を呼び込むと慣れた手つきで商品をさばいて行く。咲がお局軍団と渡り合えるのはサバサバした性格の他、仕事がデキる女という点もある。困ったときの戦力として当該スーパーでは欠かせない人材ということもあり、お局の当たりもそう強くもない。テキパキとさばき列の出来ていたレーンを全て消化し一安心していると、レジの反対側から突然話し掛けられ咲はビックリする。
「すいません、ちょっとお聞きしたいのですが」
「は、はい! どうぞ……」
 問われて振り向き、その先に居た男性の顔を見た瞬間、咲はあの作成キットが本物であることを確信した。