三日後、月額使用料のことを話して以降、尚斗からの連絡は減少する。ちゃんと考えたいと言われてしまうと連絡の催促もできず、大人しく待つことしかできない。尚斗に言われた通りに残業シフトは取り止め、今までの通常勤務体制に戻っていた。一緒に働く大輔もそれに安心しているようで笑顔で接してくる。
 大輔が店に来てから一カ月以上が経過し、今では立派に仕事をこなしている。尚斗の件を相談をして以来、昼食時にもよく話すようになり大輔の人となりが明らかになっていく。風貌や趣味はオタクだが考え方はしっかりしており、このアルバイトも実家の食料品店を継ぐ為の修行だと語った。聞くまでは年下だと思っていたが実は一つ年上ということも分かり、呼び方が失礼だったと恐縮してしまう。
 尚斗に対して月額使用料の事を話したと告げると、それでいいと思うと返される。茜に加えて男性の相談相手がいるということは存外に心強く、疑問に思っていることを聞いてみる。
「もし小林君が彼の立場ならやっぱり言って欲しかった?」
「それは勿論。彼女が困っているのを見過ごせない。何より自分のことで悩んで頑張ってくれるなんて、聞いただけで嬉しい。無理はして欲しくはないけど」
「そっか、やっぱり同じ意見か。非常に参考になります。もう一つ、もし小林君が彼の立場ならどんな答えを出す?」
「難しい質問だね。う~ん……」
 本気で考えてくれているのか、紅茶のペットボトルを持ったまま黙り込んでしまう。その真剣な横顔が一瞬尚斗のようにも感じ取れ、嬉しいような尚斗本人に申し訳ないような気持ちになる。
(何でも話せて頼りになるかもしれないけど、私には尚斗さんというれっきとした彼がいる。浮ついていてはダメだ。でも、私に対する誠意や好意は凄く感じるし、想いという点においては小林君も尚斗さんも同じ部類に入るんだろうな……)
 複雑な想いを抱きながら横顔を見つめていると、ふいに咲の方を向く。
「ごめん、結論出せない」
「えっ、そうなんだ。小林君でも難しい?」
「うん、二パターンあるんだけど、一つは単純に二人で協力してずっと使用料を払い続けること。これだとずっと一緒に居られる。反面、経済的な負担が大きい。もう一つが支払わないこと」
「支払わないでどう一緒になるの?」
「一緒にならない。別れるってこと」
 別れという単語に咲は顔を曇らせる。
「自分のせいで生涯に渡り早川さんを苦しませるくらいならスッパリ別れる。事実、早川さんは無理をして倒れた。この先、同じようなことにならないとは限らない。単純に、自分が純粋な人間ではないって想いからも、そういう行動を取るかもしれない。早川さんの将来を考えてね」
 優しい尚斗なら十分に取り得る選択であり咲は動揺する。
「どうしよう、私、やっぱり使用料のこと言うべきじゃなかったかも……」
「いや、それだと早川さんがまた倒れるだけだから。この件は遅かれ早かれ向き合わないといけないことなんだ。ある意味早い方がいいかもしれない」
「それ、小林君の願望入ってない? 貴方にとっては私たちが別れた方が都合良いものね」
「そう思うのならそう思えばいい」
 真剣な表情で返され、咲は自己嫌悪になる。
(小林君がそんな策士ならアドバイスなんてしないか。優しい心遣いを疑うなんて、私、最低だな……)
「ごめんなさい。私自身、どうすればいいか分らない」
 落ち込みうなだれる姿に大輔はため息交じりに切り出す。
「簡単だよ」
「えっ?」
「どうすればいいかじゃなくて、早川さんがどうしたいか、単純のそれだけだと思う」
「どうしたいか……」
「彼の意見を聞いて、その瞬間、心に感じた様を表現すればいい。自分の気持ちに嘘をつかずにね」
「自分の気持ち」
「今こうやって僕の意見を聞いたりあれやこれやと思い悩んでみても、彼の答えをどうこうすることなんてできない。できることは彼の考え抜いた答えを待ち、それに真摯に向かい合うこと、ただそれだけだ」
(その通りだ。私にできることは尚斗さんに真剣に向かい合うことだけだ。やっぱりこの人凄いかも……)
 大輔のアドバイスに関心し咲は何度も頷く。当の大輔は喋り過ぎたことを悟り、照れながら残りの紅茶を飲み干してしていた。
 終業後、見計らったように尚斗からメールが届き、九時にいつもの公園で、との短文が見て取れる。昼間に大輔と話したばかりで、その返答に緊張するが覚悟を決めて駅へと足を向けた。