翌日、病欠を心配されたのか、店長のみならずお局軍団の長である景子からも早く帰るように言われ残業なし定時で無理矢理フロアから締め出される。戸惑うもののその気遣いが嬉しく、今日のところはその好意に素直に甘えることにした。
 時間ができると恋人と会いたくなるのは必然で、携帯電話を取り出すと早速メールを作成し始める。そこへちょうど仕事を終えた大輔と目が合い、気まずい雰囲気になる。昨日の件は出勤早々にお礼とお詫びをしたが、病院で掛かった費用の受け取りは拒まれ、迷惑をかけた罪悪感が残ってしまう。メールの作成を取りやめると咲は思い切って大輔に話し掛ける。
「お疲れ様。突然だけど、今日はこれから予定ある?」
「えっ、ちょ、ちょっと待って下さい!」
 突然の誘いに大輔は慌てながらスマートフォンを見ている。今朝のアドレス交換で大輔がスマホユーザーとは知っていたが、私的にはコンパクトさに欠け避けている。
「今日は何もないです。はい!」
「じゃあ、晩ご飯奢らせて。それで昨日のことチャラってことにしたい。貴方に借りを作りっぱなしだと毎日が気が気でないから」
「そんなに真面目に考えなくていいのに」
「何事もきっちりしておきたい性格なのよ。特に金銭面でのトラブルとか後々面倒なことになるもの」
「しっかりしてますね。じゃあお言葉に甘えてゴチになります」
 笑顔の大輔が提案してきた夕食は吉牛の牛丼で拍子抜けする。病院代を考えた場合あまりにも釣り合わないと抗議するが、好物だからと言って断固譲らない。咲もファストフード系は嫌いではないが、入院のお詫びが牛丼では格好がつかない。
 結局、咲が折れる形により牛丼で決まり、ボックス席で向かい合って牛丼を頬張る。雰囲気からしてガツガツ食べるのかと思いきや、丁寧な箸使いをしており食事のマナーが良いことに驚く。
(驚くもなにも小林とご飯を食べるのが初めてだから、私のレッテル張りか。昨日の件といい、意外と良いところあるわね)
 関心しながら同じように食べていると、おもむろに大輔は箸を置く。
「早川さん、一つだけ聞かせくれませんか?」
「何?」
「なんでお金がいるんですか?」
 核心を付く質問に咲の箸も止まる。
(これだけは言えない。作成キットのことは非現実的すぎるし恥ずかしい)
「ごめんなさい。それだけは言えないわ」
「恩人に対しても?」
「う、牛丼で手を打ってくれたんじゃないの?」
「牛丼とその隠し事のカミングアウト、両方でチャラ」
「卑怯者」
「純粋に力になりたいんです」
「はあ……、やられた。貴方がこんな策士だったとはね」
「話してくれるんですね?」
「他言しないことが絶対条件」
「分りました。お約束します」
 笑顔を見せる大輔に少々イラっとするが、覚悟を決めて咲は口を開く。作成キットのことから、尚斗との出会い、その維持に高額な費用が掛かること等、茜に話していることを全て話す。意外にも大輔は驚く様子も見せず、真面目に淡々と話を聞く。そして、突拍子もない話でありながら聞き終えるとすぐに建設的な意見を放った。