「実は伊勢谷さんに大事なお話があります」
「大事なお話、ですか。なんだろう。ちょっと怖いな」
「信じられないような話なんですが、信じて貰えますか?」
「咲さんの言うことです。信じますよ」
「ありがとうございます。まずはお聞きしたいんですが……」
 理想の彼氏作成キットという単語を出そうして一端躊躇うが隠して進めることも出来ず、正直に言うことにする。
「理想の彼氏作成キット、というソフトをご存知でしょうか?」
「理想の彼氏作成キット、ですか? いえ初耳です」
(良かった。少なくとも詐欺とかお金目当てでないことは確定だ)
「その理想の彼氏作成キットってどういうものなんですか?」
「えっと、説明するのも恥ずかしいんですが、自分の理想とする男性の容姿から性格細かいデータを入力すると、その理想の相手が現れるというソフトです」
「なるほど、そういうゲームありますよね」
「ち、違うんです! そのソフトはゲームではなく始めると現実世界に反映されるんです!」
 慌てて否定する咲に尚斗は首をひねる。
「信じられませんよね、こんな話。でも、現実に起こってまして、私自身戸惑ってますし悩んでいます……」
 咲の浮かない表情から尚斗は事態を素早く察する。
「まさか、僕か!?」
「はい」
 あまりに突拍子もない話に冷静な尚斗も驚いた顔をする。それが演技ではなく真実であるかのように戸惑いの表情に変わっていく。自身で考えをまとめているのか、難しい顔をしたまま動かない。
(ショック受けてるよね。それ以前にこの話を信じてくれているのかどうか……)
 申し訳なさそうに見ていると尚斗の法から切り出してくる。
「咲さん」
「は、はい」
「僕の誕生日、知ってますか?」
「一月一日」
「身長と体重は?」
「確か百七十五センチ、六十五キロ」
「出身地は?」
「神奈川県横浜市」
「探偵を雇って調べた、とかじゃないよね?」
「してません。する意味ありませんし」
「そうか……」
 そういうと尚斗は再び考え込む。咲はその姿を見守ることしかできない。
(何を考えているんだろう。やっぱり別れかな……、別れたくないよ……)
 真剣な目で考え込む尚斗を祈るような気持ちで見つめていると目線が合う。
「つまり、僕はそのソフトによって作られた人造人間ってこと?」
「そこまでは分りません。奇跡的な確率で本当に出会ったということも考えられますから」
「でも咲さんは僕の教えていない個人情報を知っていた。それは咲さんが僕を作った人だから」
「それも偶然の一致かもしれません」
「現実的に考えてそれはないよ。出身地や誕生日は探偵でどうにかなるけど、直近の身長体重まで当たるなんて有り得ない。その作成キットは本物。つまり、僕は人間じゃないんだ。子供の頃の記憶もあって、仕事もしてて、恋をしてる、この気持ちさえもただのプログラムってわけだ」
 辛そうな顔をする尚斗を見て堪らず割って入る。
「そんな事ないです! 分らないことだらけで私も混乱してるけど、伊勢谷さんを好きになったこと、そしてこの想いも本物です!」
「咲さん……」
「どう向き合うべきかまだハッキリとは分りませんが、伊勢谷さんがどこの誰であろうと、私が貴方を想う気持ちは変わりません。伊勢谷さん、大好きです!」
 涙目になりながら想いのたけをぶつける咲の姿に、尚斗も涙を堪えて嬉しそうに微笑む。店を出ると二人は無言のまま駅まで向かう。帰り際の改札で交わした初めてのキスは少しほろ苦く、漫画で読んだレモン風味ではなく涙の味がした。