翌日、土曜日ということで仕事が休みの茜が朝一で咲の自宅へ突撃取材に現れる。当然話題は昨夜のデートであり、コーディネートやマナーやらをレクチャーした茜にはそれを聞く権利がある。咲の好きな貝のおつまみ持参でクッションに座ると我慢できない雰囲気を振り撒きながら身を乗り出す。
「結果は!? ホラ、早く早く!」
「朝からテンション高いな。みのさんもビックリだよ」
「みのさんに代わってズバッと聞きにきたんだから当然。で、冗談はいいからどうなのよ」
「う、うん……、つ、付き合うことにした」
「キターーーー! は、つ、カ、レ、キターーー!」
「うるさい! 近所迷惑!」
「これが騒がずにいられるか! 否! これは祝杯ぞ! のう、信長公!」
「そこはせめてキャメロンにして欲しかったんだけど。うん、まあ、嬉しいかな」
「ありゃ? 本人はそんなに盛り上がってないな。どした?」
「うん、まあ、ちょっと思うところがあって」
「もしかして小林君のこと?」
「まあ、それもちょっとあるかも。でもね、一番の問題が伊勢谷さんとの出会いが作成キットって点なの」
 浮かない顔の咲を見て茜はハッとする。
「月額使用料か!」
「ビンゴ。茜が前に言ったように、これってホストと客みたいな関係なのかなって冷静に感じたの。金額の高低は措いといて、お金で繋がっている彼氏彼女の関係ってどうなのかなって思った」
「珍しく正論だな」
「うん、真剣だもの。伊勢谷さんが作成キットで設定した理想の彼氏であることは間違いないし、私自身、彼に心奪われている点も否めない。ホント、マニュアルのお題目通り理想の彼氏だったからね」
「なるほどね。月額使用料を支払えばこのままの関係を維持できる。でも、払わなかったら伊勢谷君とは終わり、か。確かにこれは悩むな。あっ、伊勢谷君本人はどう思ってるんだろ。聞いてみた?」
「付き合い決めたその日になんて流石に聞けないよ」
「そっか、そうだよね。でもさ、仮にその月額使用料の件を全て反古にしてでも伊勢谷君の方から付き合おうってなれば問題無いんじゃない? 月額使用料を払わないなら咲とは付き合わない、って言う伊勢谷君だったらそれはもう別れて正解。咲じゃなく金目当てだもん」
「うん、それも分ってる。っていうかね、実はその後者なら気が楽なのにって思ってる」
「はぁ? なんで?」
「だって、それなら伊勢谷君は消えないってことだから」
 咲の台詞に茜は首を傾げる。
「ごめん、ちゃんと話すね。直感になるんだけど、仮に月額使用料を払わないとするよね? その場合、伊勢谷さんはこの世から消えると思うの。作成キットがきっかけで出会ったというのなら、作成キットのルールって絶対だと思う。だから、一カ月の無料期間が過ぎて継続で利用しなかった場合、マニュアル通り記憶から思い出、その存在まで消滅する。そして、その消えたデータは二度と返ってこない」
 衝撃的な説明に茜も顔色が変わる。
「昨日、彼氏彼女の関係になって嬉しくて本当に幸せな気分になった。その反面、この出会いがまともな出会いでないことにも気がついたの。これから伊勢谷さんとの付き合いが深くなれば深くなるほど、きっと別れは辛くなる。大好きだし別れたくはないけど、毎月十万円なんて大金も払えないもの……、でも、私、もう伊勢谷さんのこと……」
「咲……」
 今にも泣きそうな咲の顔を見て茜はテーブルを叩く。
「お金のことは気にしないで! 水臭いな、私ら親友じゃない! 昔私が失恋したとき、一緒に泣いてくれたのは誰? 一緒に笑って怒ってくれたのは誰? 今度は私が一緒になって、咲の恋を応援する! 余計なことは考えなくていい。咲は伊勢谷君との恋に真剣に向かえばいい。何が月額使用料よ、公務員の待遇の良さ甘くみんなよ!」
 茜から放たれた力強い声援に咲の瞳からは嬉し涙が浮かぶ。その後、一番の解決方法として一日も早くデキ婚してしまえという無茶振りを提案され顔が引きつる。それ以前にちょっとやばい腹回りの肉を早急に落とすことも厳命され、違う意味でも涙が出そうになっていた。