終わらない七月九日

「腕時計、外しましょうか?」

私は何も話していないのに、運転手はバックミラーで全てを見ていたのだろうか。車はちょうど赤信号で止まった。

「…お願いします。」

私はシートにあった腕時計を勝手にはめた罪悪感で、申し訳なさそうに頭を垂れ、左手を差し出した。もしかしたらこの腕時計は運転手のものだったのかも知れない。そして運転手は振り返り言った。

「これはあなたのですよ。」

「え?」

私は顔を少し上げ運転手の顔を覗いた。その顔はシワが深く刻まれていて、かなり高齢に見えた。

「すぐに分かりますよ。ただ、あなたが望む結果にはならないでしょう。今車の外を歩いている人たち全員に幸せが訪れるなんて、私はとてもじゃありませんが思えません。」

何を言っているのか理解出来ないでいると、運転手は私の差し出した腕時計に触れた。

「でもあなたがそれで良いなら良いんです。」