「此処から彼女は落ちたのか?」

それは線路の上に架かる太鼓橋を渡りきった場所にある、ちょっとした隙間だった。

それは、フェンスとフェンスの間にぽっかり空いていた。


ほぼ直角の崖の下は草で覆われていた。


「彼女の姿がいきなり消えて……怖くなった俺は逃げ出していたんだ」


「つまり、犯人は、アナタじゃないんですね?」

私は鬱蒼とした犯行現場を呆然と見つめていた。




 「本当に俺は何もしていない。ただ彼女を守ってやろうとしただけなんだよ。でも肝心な時に逃げ出した最低なヤツなんだ。だから彼女のことが心配で……」


「此処から彼女が落とされた時、その男性の顔を見たのですか?」

私は結夏さんのストーカーを問い詰めていた。


「判らない。俺は本当に何も知らないんだ」

やっと絞り出したような声に、その人が気になり目を向けてみた。

青ざめた顔に涙が流れていた。




 私は翌日保育園に行き、園長先生に結夏さんが太鼓橋の隙間から落とされたことを報告した。

園長先生は、教え子だった結夏さんの事件を痛ましく思っていたからだ。


隼同様、結夏さんも園長先生の大切な教え子だったのだ。




 「結夏さんには好きな人がいて、その人の子供を妊娠していたの。でも御両親はその人に迷惑が掛かるって言って、誰にも言わなかった」


「あっ、その人ってもしかしたら?」


「言っちゃ駄目。それが御両親の希望だから」


(もしかしたら、園長先生も気付いていたの?)

その時私は、『ゆうか』って言った隼を思い出していた。


(あれは優香じゃなくて、結夏さんだったのね)

私はあのカーテンを思い出していた。


(あれはきっと結夏さんとの思い出の品?)

私はその時、隼の抱えた傷みがホンの少しだけ解ったように思えた。

でも隼は、それ以上の宿命を背負っていたのだった。