私は仏説摩訶般若波羅蜜多心経と書かれた半紙をを松田さんに見せることにした。


「この一枚で最後なの」


「全ての札所に納めるために三十四枚ずつ持参するつもりだった。でも時間が足りなくて、あの宿でも書いていたんだ」


「俺はやっぱり考え方が違っていたようだな。今更だけど悔やまれるよ。女将さんは電話で相部屋を頼む時、二人を大切なお客さんだからって言ってた。やっと意味が解ったような気がする」


「違うよ兄貴。僕も同じだった。全部優香のお陰なんだ」


「兄貴って、又そう言ってくれるのか?」


「当たり前だ。孔明の兄貴なら、僕にとっても兄貴だよ」


「嬉しい。嬉しいよ。俺は罪を犯した。結夏を助けることなく、その場を立ち去ってしまった」

松田さんがあのことを話出すと、隼は厳しい表情になった。


「結夏を襲う気なんてなかったんだ。ただ驚かしてやりたかったんだ」


「それじゃ何でスキンが……」


「使用したのは彼処じゃない。ポケットに入っていたのが落ちただけなんだ」


「だって孔明が『そうなんだ。確かに兄貴は、ストーカーの仕業に見せ掛けようとしていたんだ。だからスキンも用意していたんだ。でも、太鼓橋の隙間から落ちた結夏を助けに行こうとした時、階段で……』って言ってた……」


「あれは警察が勝手に決めつけて……俺は結夏にそんなことはしていない」


「でも、結夏さんのストーカーだった人が後を付けていたのでしょ?」


「そうだよ。だから通報されると思ったんだ。結夏が妊娠していたなんて知らなかったから……まさか」


「そうだよな。結局僕のせいなんだよね……」

まるで、責任転換されたような物言い。
隼のその言葉で押し黙った松田さんは、気まずそうに私達の後を付いて来たのだった。




 結願寺までの道程は途方もなく長く、生憎雨も降りだした。
それは三人に与えられた試練のようにも思えていた。


図書館で秩父札所の本を数冊借りて、地図を見比べた。
古いのには札立峠の道が示してあった。
それより若い本には、その峠は通行不可になっていた。
そんな場を通る訳にはいかない。
だから、物凄い遠回りになってしまったのだった。




 龍勢会館で一休みした後で、持参した地図のコピーを見ながら赤平川沿いの道を行く。


二時間ほど歩いた場所で、札所三十四番と秩父華厳の滝と書かれた案内板に出会した。


其処を左に曲がり更に二時間ほど歩いた。