僕は翌日、結夏の家に行った。
玄関の呼び鈴を押して暫くすると、奥の和室から誰かが顔を覗かせた。


「あら、隼君。久し振り」

そう言ったのは結夏のお母さんだった。

おばさんは保育園時代と変わらず若かった。


僕はすぐ其処へ移動して土下座をした。
結夏のお腹の中の子供の父親はやはり僕だと思ったからだった。


おばさんは慌てたようで、すぐに僕の元へやって来た。


「どうしたの隼君? そんなことされたら結夏に叱られるわ」


「判っていたんですか? 僕が父親だって」

おばさんは頷いた。


「誰に聞いたのか判らないけど、もう二年くらいになるかな?」

おばさんはそう言いながら、僕の手を自分の掌で包み込んだ。


「結夏ね。隼君のことが大好きだったの。だから銀行で会った時嬉しかったんだって。ストーカーにずっと後を付けられていたからね」


「僕はそんな事情も知らずに、欲望だけで結夏を抱いていました。だから子宮外妊娠で亡くなったって聞いて……」


「そう。確かに子宮外妊娠だったの。結夏、誰にも話してなくて。勿論私にもよ。卵菅破裂だってことにしたけど、本当は違うの。ストーカーの人に乱暴されたらしいの。家に帰って来た時はもうボロボロで……隼君との大切な命を……流産してしまったの」


「結夏……」

僕は地面に突っ伏したまま泣いた。


「だから、もう悩まないで。皆結夏が悪いのよ。隼君をこんな風に巻き込んで……」


「いや、結夏が悪いんじゃない。ストーカーだ。おばさん、そのストーカーは逮捕されたのですか?」


「それがまだなの。何処の誰かも解らないままなの。結夏、きっと怖かったんだと思うわ。だから隼君が救いだったのよ」

おばさんはそう言いながら、僕の肩にそっと手を置いた。



「だからもう、結夏のことは忘れて、新しい彼女を見つけて幸せになってほしいの。それが、きっと結夏の望みのはずだからね」


濡れ縁の先にある仏壇の中で……
結夏の遺影が寂しそうに僕を見つめていた。


その横で紫色の紙に描かれた観音様が微笑んでいた。


「おばさん、あれは?」


「ああ、秩父の午年御開帳の時にいただいた散華を貼る台紙よ。札所の近くに水子地蔵があるって聞いて、結夏と子供の供養ためき歩いてきたの」


「水子地蔵……」

僕はその言葉に何故か引き付けられていた。


僕はその時はまだ、水子が何なのかも知らずにいたのだった。