クローマ大陸。遥か太古の時代、創造神コローレによって創り出され、太陽神アルコと月神ヴァレノの祝福によって満たされた。大陸の創成期以降、それまで世界を支配していた混沌と悪は退けられ、何処かへと消え去った。



それから時は流れ、陽月歴2012年。ロアッソ共和国。かつてはロアッソ王国とフレア共和国という2つの国々だったが、合併によりフレア共和国の政治を取り入れ、王制でありながら共和国制という珍しい形態の国家である。その王宮に招かれた1人の少女がいた。彼女の名はモニカ·リオーネ。農業が盛んなジョーヌ国のカナリア町という田舎町出身の至って普通の17歳の少女だ。剣術道場の師範代の娘であり、道場でも一二を争う実力の持ち主であるということ、そして左手に不可思議な紋様が印されていることを除いては。




モニカが王宮へ到着すると、共和国国王シノノメの待つ玉座の間へと通された。国王は白い髭を蓄えた口元を穏やかに緩ませ、優しい表情を見せながらゆっくりと口を開いた。


「遠路遥々、ロアッソ共和国へようこそ参られた。さて、こうしてお出で頂いたのは他でもない。近年、魔物による被害が増えているのはご存知かと思われる。これは全世界共通の問題だ」

「はい、私どもの国でも農作物が魔物に食い荒らされる被害に遭いました」

「そうか、それは気の毒に…そこで、だ。モニカ殿に魔物討伐の旅に出てもらいたいと思う」


その瞬間、モニカは国王の言葉に耳を疑い、驚きのあまり眼を見開いた。


「国王陛下!?私はただの田舎町の娘です。そんなこと…」


「いや、モニカ殿でなければいかんのだ。モニカ殿の左手には不思議な紋様があると聞いている。それは創造神コローレの祝福の証なのだ」


(こ、これが!?子供の頃からずっと左手にあるこのアザが…創造神の紋様!?)


創造神の祝福の証──モニカの左手には幼い頃からその紋様が印されていた。それは不思議なことに彼女が剣を握ると美しい金色に輝いた。まるでモニカが己の武に磨きをかけることを喜んでいるかのように。


(この紋様が…創造神の祝福の証……)


「もちろん、1人でとは言わん。ここにモニカ殿と同じ紋様を持つ娘が2人おる。3人で旅を始めなされ」


門が開き、まず現れたのは鮮やかな赤い髪をポニーテールに結った娘だった。恐らくモニカと同じくらいの年頃だろう。彼女は腕を組んだままゆっくりと歩み寄って来た。モニカの眼前まで近付くと組んでいた腕を解き、その手を腰にやりながらまじまじとモニカの顔を覗き込んだ。


「アンタがモニカ?ふ~ん、けっこう強そう…性根の据わったいい眼をしてるね」


気の強そうな口調とは裏腹にモニカに微笑みかけるその眼差しはどこか暖かな温もりに溢れていて、強張っていたモニカの表情も少し和らいだ。


「あ…わ、私はモニカ、モニカ·リオーネと申します。貴女は?」

「私はエレン·シンク。このロアッソ共和国で運送屋をやってるんだけど、自分でもよくわからないうちにこういう流れ。アンタの旅に同行させてもらうことになったから、よろしくね」

「エレンさん、ですね。よろしくお願いします」



続いて、ピンクの髪の小柄な少女が入ってきた。見る限りモニカより年下と思われる。前髪を星の飾りが付いたヘアピンで留め、赤いチェックの服を着ている。更にその背には大きなリュックを背負っていた。


「こんちは!ウチ、アミィ·ハワードって名前やねん。よろしくな~♪」


「私はモニカと申します。アミィさん、よろしくお願いします」


恭しく畏まった挨拶をするモニカの姿にエレンとアミィは顔を見合わせ、互いに怪訝な表情を見せていた。2人の反応に対し、モニカの表情もソワソワと落ち着きを欠いている。


「ん~…なんや、カッタいなぁ…自分の方が年上っぽいから、アミィでええよ」

「そうそう!私達これから一緒に旅するんだから、そんなに気遣われたら困っちゃうよ?仲間なんだから、ね?」


昔からモニカは相手を問わず敬語で話す癖があり、それが習慣として根付いてしまっていた。それが原因で“慇懃無礼”と言われることもしばしばだ。どこかむず痒い思いに駆られながらも、エレンとアミィに促されゆっくりと言葉を絞り出した。


「はい!…じゃなくて、うん。お願いしま、じゃなくて…よろしく、エレン、アミィ」

「アハハ…まあ、お互いゆっくり慣れてったらええよ。モニカ姉ちゃん、エレン姉ちゃん、よろしくな♪」

「こちらこそ、よろしくね。モニカ、アミィ。3人で頑張ろうね!」


モニカの金、エレンの赤、アミィのマゼンタ、それぞれの彩りが印された左手を握り拳にして触れ合わせるとそれを喜ぶように紋様がキラキラと煌めく。ようやく3人が打ち解けた頃、1人の兵士が王宮に駆けてきた。


「た、大変です!ゴブリンの群れが城下町を襲っています!」


城下町にはゴブリンの大軍勢が押し寄せていた。共和国兵が必死に応戦するが、数があまりにも多く歯が立たない。白い鎧兜に身を包んだ軍勢の指揮官、ゴブリンプリンスの号令で大勢のゴブリン達が暴れまわる。


「それ~ッ!ロアッソ共和国を叩き潰せ~!!」

「グア!ガウウッ!」


市街地を荒らし回り、市民を襲っている。ゴブリン達は店の売り物を貪り食ったりとやりたい放題だ。


「コ、コラ!それは俺の店の肉だ!食うんじゃねぇ!」

「ガウ…グアアッ!」

「うわぁっ!チクショウ…助けてくれ─」

「グギャアァアアッ!」


肉屋の主人の悲鳴を掻き消すほどに大きな悲鳴をあげたのは一匹のゴブリンだった。モニカの剣の一振りで頭から縦に一刀両断されていた。


「エレン、アミィ、行きましょう!」

「オッケー!ゴブリンなんかに負けへんで!」

「許せない…ロアッソの地は私が守る!」


逃げ惑う市民達の波を掻い潜り、3人はゴブリンの群れに飛び込んでいった。モニカの振るう剣が、エレンの討ち下ろす斧が、アミィの煌めく杖が、ゴブリン達を次々と駆逐していく。町を占拠していた大軍勢は瞬く間にその数を減らしていった。


「プリンス!あの娘達、例の紋様を持っているぞ!」

「神々の子、か…いいじゃん。まとめて倒せば僕達の手柄だ!」

「伝令だ!南東部の軍が大きな打撃を受けているらしい!応援を急いでくれ!」


城下町の南東部。カーキ色のミリタリーシャツを着た少女がライフルを持って応戦していた。雄々しい銃声を響かせ、ゴブリンを撃破していく。


「グルルアァ!」

「クッ…えいっ!」


懐に飛び込んできたゴブリンを銃剣で一突き。怯むことなく立ち向かうその左手には銀色に煌めく紋様が浮かび上がっていた。


「ガウアアァッ!」

「チェストッ!」


そこにもう1人、短い銀髪に赤いジャージ姿の少女が拳でゴブリンを殴り倒していた。印された紋様が琥珀色に輝く左手でゴブリン達を打ち伏せるその容貌は一見少年のようだ。


「クソッ、なんてこった!コイツら強過ぎる!」

「一旦監視塔へ戻りましょう!幹部全員で体勢を立て直すのよ!」


形勢が一気に逆転し、疎らに残ったゴブリン達が街を逃げ惑う。南東部にいた2人が後を追うと、モニカ達が抵抗を続ける一帯と戦っていた。


「グウウ…ガウゥアアッ!」

「ハア…ハア…数が多過ぎる…3人だけじゃ…」

「そこのお三方!助太刀するッス!」

「一緒に戦いましょう!峠は越してる…もう一頑張り!」


合流した2人を加え、残り少数となった群れに畳み掛ける。町を占拠していた大軍勢はもう僅かしかいなくなっていた。


「チクショーッ!退け!退けえぇ~ッ!全軍退却~!!」


これではお手上げとばかりにプリンスの号令が響く。ゴブリン達は国境付近の林へと向かって足早に逃げ去っていった。


「お二人共、ありがとうございます。助かりました」

「な~に、お安い御用ッス!我が正義の拳、天を突き地を穿つッス!」

「なんや、ようわからんけど…おおきに!ホンマ助かったわぁ~♪さ、逃げたゴブリン達も追い掛けてコテンパンにしたろうや!」

「そうだね!…あ、私はエレン!この2人は相棒のモニカとアミィよ。アンタ達は?」

「あたしはクレア。隣国のマルーン国から来たんだ。よろしくね!」

「自分はテリーっていうッス!なにとぞよろしゅう!」

「クレア、テリー、よろしく。さあ、早くゴブリンを追い掛けましょう!」


ゴブリン達の襲撃を受け、突如として始まったモニカ達の冒険。クレア、テリーを加え5人となった一行は逃げたゴブリン達を追い、林へと向かうのであった。


To Be Continued…