兵は神速を尊ぶ。

その言葉でいくならば、帝国の兵はまさに神速であった。

私の元に帝国軍侵攻の知らせが届いた時には、既に彼らは女神国に程近い『西の谷』まで進軍していた。

すぐに同盟国に知らせ、出陣の準備を整え、百三十万の軍を率い、東方同盟も西の谷に進軍。

…まだ冬の凍てついた風が吹きすさぶ西の谷は切り立った断崖絶壁であり、西の地とこちら側を結ぶのは唯一、馬一頭が通れる程度の吊り橋のみであった。

その吊り橋の向こうに、鈍色の甲冑の群れが見える。

…谷は果てなく、この地を東と西に分断している。

ならば鈍色の甲冑の群れは、その谷の終点まで存在するのではないか。

そう思えるほどの軍勢。

帝国軍二百万。

改めて目の当たりにすると、脅威的な数であった。

「あれが帝国軍か」

私のまたがる白馬の隣に馬を並べ、紅が呟く。

「成程、精兵揃いだ。奴らならば西の覇権を握ったというのも頷ける」

「こんな時に何を呑気な」

私は紅をたしなめる。

少し肩をすくめる紅。

「で、どうするのだ?まさかこんな冷える場所でいつまでもあの仏頂面の連中とお見合いという訳でもあるまい」

「…わかっている」

私は帝国軍から視線をそらす事なく言った。