ご近所のおばさん達が「こんにちは」と声をかけてくるがそれに対する返事をする余裕もなく、私はひたすら走り続ける。


「っは、はぁ……!」


喉が渇いた。
息が苦しい。
それでも止まることはできない。
見慣れた家はすぐそこだ。
家に入ったら、できるだけ明るく、何事もなかったかのように『ただいま』と笑えばいい。
ドアの前に立ち、一度呼吸を整えて笑顔の練習をする。
ドクドクと心臓の音がうるさい。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと引いた。


「た、だいま」


声が震えた。
靴を脱いで廊下を歩く。
板が古くなった廊下は歩くたびにミシリミシリと音を立てた。
リビングへと続くドアを開ける。
その瞬間、頬に鋭い痛みが走る。
あまりの突然の出来事、強い力で突き飛ばされ、私は尻餅をついた。


「おかえり、菜々美」


立ったまま私を見下ろす母の顔は冷たい。