何故家に帰ると言っただけでこんな事態になってしまったのか。
彼は少しでも私が離れることを許さない。
彼が私に近寄ると、反射的に後ずさってしまう。
だが後ろは壁で逃げ道は塞がれた。
御構い無しに私を追い詰める彼は私にとって恐怖の対象でしかない。


「逃げようなんて思わないで」


壁に手をつき、私の唇にキスを落とした。
そのキスはとても優しい。
優しくないキスなんて知らないが、少なくともそれは優しいと感じた。


「ごめん」


謝罪の言葉を口にし、無理矢理彼を押し退けて玄関に走る。
逃がさないだろうと思いきや、彼は追いかけて来ない。
構わず鍵を解錠し、外に出る。
鞄を部屋に忘れて来てしまったが取りに戻る余裕なんてなく、私は自分の家の方向に走った。