「伊織、移動しよう」


ここは図書室だから、しずかにしないとだめだから


そういう空くんは、わたしに何を話すつもりなのかな


少し、距離を開けたまま
図書室を出て歩いた


空き教室が並ぶ中、
空くんが入ったのは


わたしたちが、はじめて出会って
話をした、あの空き教室


入ってしばらく


空くんが話し始める


「俺はさ、普通だよ」


最初は、よく意味がわからなかった


「俺も、伊織も、みんな一緒。


周りがどう言おうと、俺は普通。
人気者なんかじゃ、ないよ。」


やっと、わたしは空くんが
わたしの打ったケイタイの言葉に返してるんだと、分かった


「伊織のせいで悪く言われるって、何?
人気者って、なんだよ。」


今まで背を向けていた空くんが
こちらを向いた


暗くなりかけた夕暮れの光が
空くんを照らしていた


空くんの辛そうな表情を
強調するように


「俺が、伊織のせいで

伊織が俺のせいで


なんで悪く言われないといけないんだよ」



「つりあうとか、つりあわないとか
考えたことないけど


つり合っていなかったら、
俺は伊織といたらいけないのかよ…!」


目の前にいるのが、空くんじゃなくて


さっきまでクラスの女の子と対峙していた自分に見えた


“ダメですか”
と聞いた、自分に


わたしは、空くんに
自分がされたことと、同じことを言ってしまってたんだ


こんなに辛そうな顔をする空くんは
初めてだ


口調が荒い空くんも初めて


それくらい、わたしは、空くんを
傷ついた


「ごめ…なさい…
そんな、つもりじゃ…なく、て」


いつの間にか涙が流れていた


空くんには、笑っていて欲しいのに



「ごめん、伊織。」


そう言って、空くんは
わたしにハンカチを差し出した


「結局泣かせてばかりでごめん。
こんなこと、聞かせてごめん」


呆然として、動けないわたしに
歩み寄って空くんはわたしの涙を拭った


「言って、いいよ」


自然と、わたしの口から言葉が漏れた


「なんでも、わたしに言って、いいよ」


わたしは空くんの全部が好きだから


「どんなことだって、聞く…から
受け止めるから、…


嫌なことも、悲しいことも
わたし、聞く…だから」


そんな、悲しい顔しないで


「だから、空くんには笑っててほしいの…!」


話している間に、涙は止まった


いつも笑っててなんて、無茶なお願いだけど


辛そうな空くんを見ていると、
すごく苦しいの


そして、


ふわりと、体が暖かくなった


図書室で自分がしたように
空くんはわたしを抱きしめた


急だったから、いつも以上にどきりとした


さっき、空くんもこんな感じだったのかな