「それは嫌だから、壊すのはやめておこう」
一人言なのか、わたしに話しかけているのかはわからないけれど、少しだけ黒曜はその顔に笑みを浮かべた。
ゆるりと妖しげに上げた口元はそのまま、彼の手は再びテーブルに向かう。
黒い薔薇が彼の手の中で歪み、ベッドを黒く染め上げていく。
花弁が一枚落ちるたび、薔薇の香りがわたしを包んだ。
それはむせかえりそうになるほど強烈で甘く、扇情的で、恐ろしく、蠱惑的……
――――――そう、まるで彼のような
黒い薔薇はベッドに、またその周りに散らばっている。
テーブルの上に残されているのは、花弁を失った棘のある茎と、一輪残った穢れなき白の薔薇。
あれだけ無造作だった扱いとは打って変わって、黒曜はその薔薇をそっと取り上げた。
その手つきは、例えるならば大切な宝物を扱うよう。
もしくは愛しいものに触れるかのように見えた。


