初めてユキ、――田村幸男と出会ったのは病院の中庭だった。
その時私は小学生だった。
おばあちゃんのお見舞いに来ていた。
しかし、大人だけの話が始まり小さかった私はつまらなくなってそっと病室から逃げ出して病院内を探検していた。

「ここを曲がったらどこに行くのかなぁ~」
と、鼻歌を歌いながら角を曲がった。
そこにはとてもキレイな庭園があった。
病院の中だというのに消毒液の匂いもなく、あの人が死ぬときに微かに匂う死の匂いもなく空気が澄んでいた。
「うわぁぁぁぁ!キレイな場所…!」
いそいそとドアを開き、中に入る。
色とりどりの花が咲き誇り、小さな池もあった。
その中にはコイが数匹悠々と泳いでいた。
中庭をゆっくりと歩いていくと、太陽の光が溢れかえる開けた場所に出た。
そこは小さく丘になっていた。
キレイでポカポカしていて、空気が澄んでいる中庭で私ははしゃいでくるくると舞った。
「すごいすごーい!こんなとこがあったんだぁ!」
パタンと丘の上に倒れ込んで空を仰ぐ。
太陽が眩しくて目をすがめる。
そんな私にそっと声が落とされた。

「…ねぇ、君はだれ?」

その声の持ち主がユキだ。

「きゃあああ?!だ、だれ?!」
勢いよくガバっと起き上がり周りを見渡すと、ぬいぐるみを持っている男の子がすぐそばに驚いた顔で立っていた。
「さっきの声って、あなた?」
恐る恐る訊いてみると、戸惑いつつもこくんと頷いた。
そしておずおずと口を開いた。
「あの、君はなんて名前なの?」
「私?私は、詩音っていうの。あなたはなんて名前なの?」
「僕は、幸男。」
「幸男…うーん、変な感じがするからユキって呼ぶね!」
「あ、ありがと…?」
ニコニコと笑う私とは対称に不思議そうな顔でユキはお礼を言った。
立ったままのユキの手を引き、隣に座らせる。
そこで私たちはいろいろな話をした。
「僕、病気でずっとここに入院しているんだ。」
「へぇ、そうなの。私はおばあちゃんのお見舞いに来たの」
「そっか。…今までここに僕と同じくらいの年の子がいなくて、寂しかったから詩音ちゃんに会えて嬉しいな。」
「詩音ちゃんって変な感じがするからやめて。そんまま、詩音でいいよ。」
「あ、うん。…詩音。」
「なぁに、ユキ」
「なんでもないよ。」
「なによそれー」
なんとなく嬉しくなって二人で微笑みあった。

「あ、もう帰らなきゃ…」
いつの間にか長い時間が経っていた。
何も言わずに病室から出てきたから、きっとお母さんたちが詩音を探し回っているはずだ。
「ユキ、またお話しようね。」
「…うん。あ、詩音のおばあさんの病室ってどこなの?連れて行ってあげるよ。」
「大丈夫よ、わかるから。でもありがとう。」
「あ、ううん。別にいいよ。…僕はもう少しここに居るね。」
「そう。…じゃあ、またね。」
「うん、またね」
小さく手を振って歩き出す。
名残惜しいな、と悲しく思いながらもその場をあとにしようとすると
「詩音!」
とユキに呼び止められた。
驚いて振り向くとユキが走ってきていた。
手には小さな花を持っていた。
「これ、あげる。」
「…何の花?よく見るけど、名前知らない…」
その花はよく道端や小学校のグラウンドに咲いている花だった。
「シロツメクサって言うんだ。でも、クローバーとも言うんだよ。」
少し微笑んでそのままユキが話を続ける。
「シロツメクサの花言葉は『約束』っていうんだ。だから、覚えていて。ううん。僕と約束しようよ。…また、ここでお話するって。」
すっとシロツメクサを差し出してきたユキを見つめる。
「…わかった。約束する。またここでお話をするって!」
シロツメクサをギュッとにぎって笑う。
「でも、もう一つ付け足して。」
不安そうな顔で詩音を見つめてくるユキにニコッと笑いかける。

「私とユキは、ずっと友達でいるってこと!」