この森の先にたたずむ木々の間から、何かが見えた。
 その何かが、近づいてくる。
 丸く小さな白い光だった。
 〝光〟は、どこか歪んで見えた――まるで、猛スピードで流れている澄んだ水を透かして見ているように。
 カゲンは目をこすった。目の中にゴミでも入ったのではないかと思ったのである。だが、そうではなかった。イヴも自分と同じように不思議そうな目で、白い光を眺めていることは、はた目にもありありと分かる。
 光は、まるで蛍のような動きでカゲンの眼前へ接近した。そして、すぐにまた動き始め、はるか向こうに見える枝分かれの道までたどり着き、左側の道を曲がって行った。
 カゲンとイヴは呆然と立ち尽くしたまま固まっていたが、双方顔を見合わせた。

「あの光は何だ。何がしたいんだ」

 カゲンは、混乱しながらイヴに聞いた。

「私には案内してくれているように感じるが、何が目的かも私には分からん。それに何者かも、だ」

 カゲンは肩をすくませて、

「やっぱりお前もそう思うか」と言い、腕を組んだ。

「だが、あの光が何であれ、私たちが道に迷ったことに異論ない。私たちは、あの光を追うべきではあるまいか?」

 イヴはそう言って、カゲンの方をふりあおいだ。
 するとカゲンは空を見上げながら、

「そうするしか無さそうだな。時間もあまりない」と言って、足を進めだした。

 カゲンは、このままでは証拠が掴めなくなるかも知れないと思ったのである。
 こうして二人は、白い光を追い、枝分かれになった道の左へ曲がる。
 道を進み続けると、森をぬけ、木々に囲まれた湖へと出た。それと同時に、草に覆われた地面は、湿った土へと変わっていた。
 カゲンは〝光〟の玉を探すべく、立ち止まって辺りを見回した。
 眼前に広がるのは、太陽の陽射しが灯され、キラキラと輝く広い湖だ。だが、探し求めているのは、その光ではない。そこでカゲンは、右の方向に顔を向けてみる。
 この方向は、道がせまい。木立が多すぎなのだろう。そのせまい道の五メートルほど先に、例の白い光が浮いているのを見つけた。
 光は、二人を待っていたかのように宙に浮いたまま止まっている。
 二人は急いで駆けつける。
 だが、光もこのまま止まってはくれない。光も二人同様、時間がないといって焦るように、動き始めたのだ。
 それと同時に、誰かの声が聞こえてくる。

「ほう、選ばれし神ではないか」

 カゲンが振り向いた。そして驚き、口が自然と開いた。
 声のぬしは、湖から首を突き出している。それだけだった。
「それだけ」というのは比喩ではなかった。髪も生えていなければ、身体もない。ただ首から上を有するだけなのだ。

「……首だけ?」

 カゲンが、わななきながら声のぬしに聞いた。

「私のことか? そうだな、私は首だけだ。だが、名前はちゃんとあるぞ」

 答えたこの首だけを有する男は、年配の男だったが、声の大きさはカゲンよりもボリュームがあった。

「おやおや、自分から名乗りを上げさせる気なのか? それでは、ちいと恥かしいではないか」

 わなないたまま立ち尽くすカゲンを眺めながら、首だけ男はそう言った。

「名前は、なんと言う」

 カゲンはやっと声が出た。

「我が名は、ミーミル。そしてこの泉の名はミーミルの泉。私はこの泉の番人なのだよ」

「ずいぶんと口が達者な男のようだから、無視をした方が、私はいいと思うが?」そう言ったのはイヴだ。「早く光を追おう、カゲン」

「……いや、あと一つだけ気になることがあるんだ」

 カゲンはイヴにそう言うと、ミーミルに視線を戻した。

「ミーミル。お前はなぜ、首だけになった」

「それが気になったか、選ばれし神よ」ミーミルはカゲンにそう言うと、事のいきさつを語りはじめた。「アース神族とヴァン神族との戦争が終わり和睦した際、アース側からの人質としてヘーニルとともに私はヴァナヘイムへ送られた。ヴァン神族はヘーニルを首領にしたが、彼が期待したような人物でないことが判明すると、私の首を切断してアース神族の元へ送り返したのだ。
その後、私の甥にあたるオーディンが首が腐敗することのないように薬草を擦り込み、魔法の力で生き返らせ、大切なことは必ずこの私に相談しているよ。ラグナロクが到来した際も、オーディンは真っ先に私の助言を仰いだ」

 口が達者すぎるこの老人に、イヴは呆れて、

「時間の無駄になったな、行くぞカゲン」と言って、光が導いた方向へ向かい歩き出した。

 カゲンはしばし、ミーミルを見つめていたが、やがてイヴの後に続いた。
 ミーミルは、カゲンの背中を眺めながら息を吸って、それでも言葉を付け足した。

「……そして、もちろんお前さんたち3人の件においても、真っ先にな。まあ、時期わかるとも。案内役になった友人の元をそのまま追いかけておれば、すぐに」

 だが、すでに二人の姿はない。急いで光を追って行ったのである。