そこには、犬神のごとく純白の毛を有した他ならぬイヴだった。カゲンは、目を丸くする。

「いつからいたんだ。気配もなかったし……お前は幽霊か!」

「よく言われるお決まりの言葉だな。言いたければ言えばいい。私は汝の力になりたいだけなのだ。汝、焦っているようだな。また、女王に特別な指令でも出されたのだろう」

「ああ、それも飛びっきりのな」いったん言葉を切り、「闇の精霊・封印の扉を開いた犯人のしよこを日が沈むまでに掴まなければならない。時間が過ぎれば、ジュノは死ぬ」

それを聞いたイヴは、目が鋭くなった。

「たぶん、ジュノをここに連れこんだ奴の可能性が高い。これを見ろ」

カゲンは、そう言って手に持っていたジュノの似顔絵が描かれた紙をイヴに見せた。

「これが、この部屋の中にあった。ここの住人だったアラハバキはジュノが生まれるずっと前に死んでいるんだ」

「つまり、誰かが持ち込んだものと言うわけだな」

イヴは、そう言い出すと持ち前のよく効く鼻で、周囲の匂いを嗅きだした。

「男だ。一人は酒の香りが、もう一人は独特な異臭がする。恐らく、居酒屋で働いている者か常連客、もう一人は邪神だろう。その邪神はひょっとすると、常に神が死ぬような場所や殺し屋の神と関わりを持っている、もしくは奴自身が殺し屋の可能性もありうるだろう。死体独特の香りも入り交じっているからな」

「なら、こいつらみんなグルか……?」

そう言って、カゲンは《アガリア》という名前の書かれた紙を見つめた。

「可能性としてはな。私には、心当たりのある男が一人いる。ナキアだ」

イヴの発言を聞いた途端に、カゲンは再びイヴの方に目線を戻した。

「あの邪神は、常に怪しかった。あの遺跡で封鎖されたはずのヴァイス帝国への通路を何らかの形で通り抜けた件に関してもな。ヴァイス帝国と裏でつながっていたのかも知れぬ」

「ああ! だが、しよこなるものがない」

「だから、見つけに行くのだろう!」

イヴは、大きく低い声を張り上げた。


 その後、カゲンとイヴはアムール全土を手ばやい動きで情報を収集していった――それらの情報は全て人から得たものである――が、一向に解る気配の一片もなく、最終的にはここらでグズグズど焦るばかりではいかんとして、イヴはナキアの故郷であるユグドラシルへ向かい何か情報を得ようと考えた。そして、その為には最短の移動手段が不可欠となることも事実である。