靴を履いて玄関の扉を開けると、表札の前に鈴木くんが立っているのが見えた。

「どうしたの?」

鈴木くんは仕事帰りなのか、まだスーツを着ているし、コンタクトをつけたままだった。

「散歩でもしないかと思って」

「それは構わないけど……」

「今日は綺麗な月夜だよ」

鈴木くんはそう言って私の手を取って指先に口づけた。

仕事モードの鈴木くんには気障なセリフと仕草が良く似合っていた。

指先だけが不思議な熱を帯びていく。

「行こう」

誘われるように、腰に手を回される。

さっきまでぼうっとテレビを見ていたのに、あっという間に別世界に誘われてその落差に眩暈がしそうだった。

……私には仕事モードの鈴木くんの方がよっぽど綺麗な生き物に見えた。