初めて訪ねた佐伯の部屋は引っ越し直前の独特な静けさで満ちていた。

まるで、家主の転勤を惜しんで部屋全体が悲しみに沈んでいるようである。

「何にもないのね」

部屋に残されているのは未使用のダンボールと大きめのスポーツバッグ、冷蔵庫、洗濯機といった大型家電と家具はベッドがひとつきり。

「大体のものは送るか、捨てるかしたからな」

「そっか……」

今から別れの時を想像して物悲しい気持ちになる前に、佐伯はそっと私を抱き寄せてくれた。

「先に言っとくけど、俺の家にきた女はお前が初めてだからな」

「……嘘つき」

「本当だっつーの」

佐伯の言っていることが、真実でも嘘でももはや構わなかった。

たとえ嘘だとしても、嘘をつく価値があると思ってもらえるのならば、それはそれで嬉しかったりする。

(不思議よね……)

好きなタイプとは真逆の男の腕の中にいるのに、何もかも一番しっくりくるなんて変なの……。

「あの夜……傍にいてくれたのが佐伯で良かった……」

嘘偽りなく心の底からそう思える自分が誇らしい。

もしあの時、佐伯以外の人に救いを求めていたら。

もしあの時、佐伯が手を差し伸べてくれなかったら。

今頃私は、一生拭えない男性不信と自身への劣等感でもがき苦しんでいただろう。