(び、びっくりした……)

誰もいない安全地帯にたどり着くやいなや、私はへなへなと脱力してしまった。

まさか、このタイミングで口説かれるとは思っていなかったのだ。

(もう帰ろうかな……)

なんか口説かれるし……。佐伯ともまともに話せそうにないし……。

トイレから出るころには完全に諦めムードになってしまい意気消沈で通路を歩いていると、突如何者かに口を塞がれる。

「ふ!?」

「よっし、捕獲完了」

底抜けに明るい佐伯の声が背後から聞こえて仰天する。

(さ、佐伯!?)

まるで荷物のようにひょいと身体を担ぎ上げられ、足をばたつかせて抵抗する。

「じゃ、鈴木!!あとよろしく!!」

(鈴木くんまでグルなの!?)

佐伯の行動を咎めようとしないってことは、二人は明らかに共犯である。

「はいはい。あ、これ。渡辺さんのバッグ」

鈴木くんはすべて心得ていたかのように、私のバッグを放り投げた。

佐伯は見事に私のバッグをキャッチすると、すたこらさっさと出口を目指す。

「え!?ええええ!?」

戸惑う私を意に介さず、鈴木くんがにこやかに手を振っている。

「頑張れよ~」

しゅ、主役なのに!?いいの!?