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「ごめんね、椿は席を外しているの」

書棚の影に隠れる私の代わりに亜由が総務部までわざわざやってきた佐伯の用件を聞いている。

こそこそと二人の会話に聞き耳を立てるくらいなら、一向に捗らない資料整理を中断すれば良いのにあえてしない。

「またかよ……」

佐伯は何度目になるかわからない不在のお知らせを聞いて、うんざりしたように頭を掻いた。

携帯にも何度かメールが着ていたにも関わらず、私は佐伯に返信をしていない。

(なんで……わざわざここまで来るのよ……)

佐伯は今日も懲りずに総務部にやって来ては、亜由に宥められて戻ることになるのだ。

……佐伯の口から転勤の話なんか聞きたくない。

聞いてしまったが最後、それがお別れの挨拶になってしまうから。

シュレッダーにかけようとしていた紙束を唯一の心の拠り所とするように、ぎゅうっと抱える。

……あいつがいなくなると聞いた時、私は自分でも驚くくらい動揺してしまった。

“私……何も聞いてないわ……”

鈴木くんから佐伯の転勤話を聞いた瞬間、食欲は失せ、食べかけのパスタランチからは一切の味がしなくなった。

企業で働く一社会人として、転勤の辞令が下るのはそう珍しくない。

現に私の上司や同期だって、別の土地に旅立ったリ、逆に転勤になっていた人が戻ってきたりしている。

特別なことではないと、頭では理解はしているのにそれでも実感が伴わないのだ。